誰も提案したがらないCMを作った理由

現在、キリン・ラガービールのCMがテレビに流れています。松本幸四郎さん、市川染五郎さん親子がラガーを飲みながら話をしているというもので、あのCMの場合、発注の意図が明確でした。

「親子の絆」をテーマにしたい、ラガーを題材にしてキリンビールという企業の姿勢を世の中に知らせたいということでした。企業としての意思がはっきりとしていたのです。そこで僕が考えたのが従来のCMの撮り方ではなく、リアルな親子の姿を見せることでした。

ビールのシズル感を出すには「生」つまり「リアル」が大切だと考えて、本当の親子であるおふたりに出演していただきました。一般的に「親子の絆」のCMを作るとするならば、タレントを起用して、お父さん役は誰々、息子の役は誰々と割り振るでしょう。そして、登場人物に「このビール、ちょっと違うね」なんてセリフを言わせる。でも、そういうのって、もう人の心には届かないんですよ。リアルじゃないから、作り物だと思われてしまうだけ。

僕はコンテや台本を作らず、親と子で会話をするという設定を用意しました。撮影はCMの監督ではなく、「情熱大陸」(TBS)などをやっているドキュメンタリーの監督にシューティング・ディレクターをお願いした。そして、幸四郎さんと染五郎さん親子に1時間半くらい、しゃべっていただいただけです。コピーは「親、子。人はつづくキリンビール」。ふたりきりで飲むのは十数年ぶりとのことで、最初は照れくさいようでしたが、だんだんとほぐれていって、素直な親子の関係が見えてきた。1杯のビールが緊張をほぐすきっかけとなっているんです。そうしているうちに、幸四郎さんが「娘が嫁にいっちゃってさ」なんて、松たか子さんの結婚の話をふっと出された。あれはセリフを書いたら、絶対にしゃべってはいただけないと思います。

あのCMは通常の広告代理店なら提案したがらないプランでしょう。なぜなら、撮影してみないと、どういった内容になるかわからないからです。今回のプレゼンでも、キリンの方から「どういった話になるんですか」とは聞かれました。そのときに答えたのは「どうなるかはやってみないとわかりません。しかし、仮にふたりが沈黙してしまったとしても、たたずまいのある方たちだから、いい絵が撮れる」とは言いました。そして、「このCMは先が読めないところが面白いところでもあるし、リスクでもある。そこを納得していただければやりたい」とお伝えしました。リスクをちゃんと説明しておくことは大切であり義務です。