伝記や評伝というのは、扱われた人物の生きた足跡を辿ることで、その人物の「かたち」を描きだすことが中心のテーマには違いないのだが、ある人物を描くには、その人物が生きた時代背景を再現し、状況の説明ができなければ、評伝としては片手落ちになる。さらに人物を語る際には、同時代を生きた複数の人物との交錯があると、興味が尽きない話になる。

本書は、1930年から44年まで、バイロイト音楽祭を仕切ったヴィニフレート・ワーグナー夫人の生涯を、浩瀚な資料に基づき、詳細に描いた評伝である。ナチスドイツという狂気の時代背景である。