優れた競争戦略は、論理的に無理のない、筋のいいストーリーとして語られなければならない。これが本書の主張である。500ページのボリュームだが、本自体の物語性が高く、一気に読めた。

まずは軽いジャブとして、「あなた方の多くが戦略だと思っているものは、実は違いますよ」といった、やや挑発的な言辞から入る。構成要素を吟味しただけの「アクションリスト」は違いますよ。成功事例の最も目立つ部分から教訓を引き出そうとする「ベストプラクティス」も違いますよ。SWOT分析などに代表される「テンプレート」も……。うーん、耳が痛い。

続く二章では、業界の競争構造について確認したうえで、戦略的ポジショニング(頭を使う本社発の戦略)と、組織能力(体を鍛える現場発の戦略)について解説している。ここではポジショニング志向のフォードと、組織能力志向のマツダの対比が日米文化の違いも含有しているようで興味深い。

そして三章以降がいよいよストーリーの話だ。戦略を構成する個別要素が、それぞれどう関連するのか。因果関係が流れるような動画になっていることが大切である。著者は豊富な事例でこのことを例証する。標準化を核にしたマブチモーターの戦略など、できすぎ! と言いたくなるほどストーリーが小気味よい。「後付けならどんな話でもできるさ。実際はその場の状況に対応しただけ。それが経営の現実だ」。そんな「もっともな」見解への答えも用意されている。

さて、何といっても本書の白眉は、競争優位を獲得するために、動画的なストーリーのさらに一つ上の次元で求められる要素を明らかにした五章だろう。それがクリティカル・コア。戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続的な競争優位の源泉となる中核的要素のことである。

『ストーリーとしての競争戦略』 楠木 建著 東洋経済新報社 本体価格2800円+税

スターバックスの「直営方式」、サウスウエスト航空の「ハブ空港を使わない」、アマゾンの「巨大物流センター」。これらは個別に検討するとどれも非合理に見える。コーヒーチェーンのビジネスを普通に考えれば、フランチャイズ制が常道だろう。しかし全体ストーリーの中におくと、合理性に欠けると思われた要素が実は戦略の核になっている。そして一見不合理であるがゆえに競争相手の模倣が忌避されやすい。ここがミソなのだ。

ウイットに富んだ文章。前半に張った伏線が、後半に見事につながる構成。戦略ストーリーが主題と見せかけて、クライマックスで隠し玉をポンと出す意外性。そして内容の裏にある圧倒的な取材と勉強量。抜群のリーダビリティに脱帽の名著だ。筆者は学界の東野圭吾と呼んでもいいかもしれない。

まあ、あまり褒めすぎるのもシャクなので、最後にアラ探しをしよう。五章が一番の読みどころであることを序文にさりげなく書いてしまったのは余分だったのではないか。東野ならこんなことはしない。