松永安左エ門に言われた一言
誰かが偉くなるとか、社長になるとか、人の将来なんて見た目だけではわからないものです。スポーツの場合、素質の有無は早いうちにわかりますが、それでも素質がある人が必ず成功するとは限りません。ビジネス界だって、「あれ? あいつ、社長になっちゃったよ……」というようなケースは少なくないのです。
ただ、私の目ではわからないものが、女性にはわかることもあるようで、芸者さんなどは「この人は見込みがあるかも」と一瞬で見分けます。私は貧乏だった頃、某店の女将に可愛がられて、10年ぐらい未払いのまま飲ませてもらっていました。最後は柿の種しか出てこなくなりましたが(笑)、1999年に国内市場より先に米国ナスダック市場で株式を公開したら、「そろそろ払える?」とさっそく電話がかかってきました。
私は酒ばかり飲んできた行儀の悪い人間ですから、目の前の相手が偉いとか偉くないとか、気にしたことがありません。そのわりに、なぜか世間的に有名なおじいさんたちから可愛がられてきました。
学生時代、「電力王」と呼ばれた実業家、松永安左エ門さんと飲んだことがあります。そのとき松永さんから「若いうちはあまり肩書のある人間と会うもんじゃないよ。お互いつまんないんだから」と言われました。話題が合わないし、若いほうは緊張するだけ。なるほどと思ったものです。そのくせ、30代になると偉い人たちと飲むようになりました。
NECを日本最大のパソコンメーカーに育てた関本忠弘さん(元相談役)とは、2人でジンを1本空けて、酔っ払って言い合いになりました。ホンダ創業者の本田宗一郎さんには「おまえ、生意気なことを言うな」とポカッとやられました。殴っておいて「これも愛情だ」などと言うので、「愛情はいらないから、痛いのは嫌だ。僕はホンダの社員じゃない」と文句を言ったものです。
若くして亡くなられましたが、東京電力の副社長だった山本勝さんにも、大変お世話になりました。山本さんは若い人を可愛がり、私が素人ながら通信事業を始めたときにも「面白い」と見にきてくれた方です。豪胆でいて気配りは万全、私も含め多くの人から尊敬を集めていました。みなさん、私のような生意気な若造に、よく我慢してつきあってくれたと思います。