そのための方法は2つあります。1つは、取引コストを減らすことです。例えば、何でも話しやすい、風通しのよい組織風土をつくれば、取引コストは減り、不正の情報も上層部へ上げやすくなるでしょう。大きな変化が必要な場合、内部昇進の経営者だけでは、多くの利害関係者がいて取引コストが大きいため、変化させないほうが合理的と判断される可能性があります。このような場合は、日産を再生したカルロス・ゴーン氏のように、経営者を外部から採用することで、取引コストが減り、改革が進めやすくなります。

「みんながやっているからやる」

もう1つは、メリットの側面を強めることで、取引コストの影響を抑えることです。そのための考え方として注目されるのが、環境の変化に対応して、既存の経営資源を再構成して生かす「ダイナミック・ケイパビリティ」(変化適応的な自己変革能力)です。デジタルカメラの普及で写真フイルム事業が消滅するなか、フイルム技術を生かして化粧品事業に進出した富士フイルムや多様な国々に変幻自在に適応してファスナーを製造販売するYKKが持つ能力のことです。このように、プラスの側面を強めれば、たとえ取引コストが高くても、組織を変革できます。

しかし、この解決法には限界があります。なぜなら、いずれも損得計算上の対策であり、その実行コストがあまりに高いと、何もしないほうが合理的という二次的な不条理に陥るからです。

最終的には、損得計算ではなく、「正しいことかどうか」という人間の価値判断にかけるしかないでしょう。損得計算は科学的で客観的ですが、見方を変えれば、他律的であり、「みんながやっているからやる」という無責任な行動につながります。損得計算によって合理的に行動しようとする限り、いつか合理的に不正を行うことになるでしょう。それに対して、価値判断は主観的で、非科学的ですが、それゆえにその責任が問われるものです。責任ある価値判断にもとづく行動ができれば、たとえ取引コストがあっても、それに左右されずに行動することができます。

日本人の弱点は、こうした価値判断を避けるところです。優秀な人ほど、主観的な価値判断を恐れ、科学的、客観的に行動しようとします。なぜなら、「みんながそうする」という保証があるため、責任を取らなくて済むからです。取引コストによって生じる不正を防ぐには、「正しいことをやる」という責任を伴った価値判断ができる人材が必要なのです。損得計算は重要ですが、それだけが上手だと、取引コストを忖度して悪い方向に進みかねません。しかし、価値判断ができる人材であれば、よくないことは「おかしい」と指摘できます。組織の中にそのような人材が多く育成されれば、不正に走るリスクは減らせるでしょう。

(構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)
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