万博の再誘致も、落選したほうがいい
2025年開催予定の万国博覧会に大阪府が正式に立候補した。ほかにもフランスのパリ、ロシア中部の都市エカテリンブルク、アゼルバイジャンの首都バクーが立候補していて、4都市による誘致レースが展開されている。25年万博の開催地は18年の博覧会国際事務局の総会において、加盟約170カ国の投票で決まる。混戦が予想されるが、大阪府は落選したほうが身のためではないかと私は思う。
政府も大阪での万博開催をバックアップして、「1964年の東京五輪から70年の大阪万博」という高度成長期の再来を夢見ている。20年の東京五輪後の景気の落ち込みを少しでもカバーしたいからだ。しかし、大阪の衰退は70年の万博から始まったと私は思っている。
一般的に関西経済衰退の契機と言われるのが64年の新幹線開通だ。東京一極集中が加速して関西、大阪の没落を招いたのだが、大阪万博の頃には新幹線の輸送力はさらに増強され、山陽新幹線が72年には岡山、75年には博多まで延びた。同時期に航空業界でもジャンボジェット(ボーイング747)が登場して大量輸送時代を迎える。関西、大阪が頭越しにされる条件がどんどん整っていったのだ。
「五輪がダメなら万博を呼ぼう」という愚
70年の大阪万博自体は大いに盛り上がった。来場者数は万博史上最高の6400万人、高速道路網や鉄道路線などの交通インフラも整備されて、経済波及効果は2兆円とも言われた。しかし万博をきっかけに関西経済が活性化したかといえば、そんなことはない。逆に日本経済が重工業への転換期を迎える中で、国内有数の集積を誇った大阪の繊維業は斜陽化し、商社や銀行をはじめ名だたる大企業が本社を東京に移す動きが相次ぐようになって、大阪の地盤沈下は急速に進行した。
2025年の万博が大阪や関西活性化の起爆剤になると期待する向きもあるが、そんなに甘いものではないことは70年の大阪万博で実証済みだ。「オリンピックがダメなら万博を呼ぼう」では50年前の発想とまったく変わらない。もはやインフラをつくっただけでレガシーになる高度成長期ではない。万博というと未来技術のお披露目会的な意義が強いが、ネットで何でも見られる時代に万博をやる価値がどれだけあるのか。