日本でも注目されはじめたマインドフルネス。瞑想などを通じたストレス軽減、能力開発のメソッドとして、グーグルなどの企業も研修に取り入れていることで知られているが、具体的にはどんな効果があるのか?
世界的ベストセラーとなった『スタンフォードの脳外科医が教わった人生の扉を開く最強のマジック』は、マインドフルネスによって人生が変わったという著者の自伝である。ほんとうに人生を変えるほどの力がマインドフルネスにあるのか? 「あるんです」。本書日本語版の解説者である荻野淳也さんは言う。日本におけるマインドフルネスリーダーシップ教育の第一人者で「自分の人生と重ねて読みました」と話す荻野さんに、マインドフルネスの持つ本当の力について聞いた。
ふとわれに返ることの大切さ
先日、こんなことがありました。クライアント企業の役員会で発表する前日のことです。仕事がたてこんでいて、必要な資料ができていませんでした。夜中の2時くらいからやっと始めたのですがはかどらず、いっそインフルエンザでも発症して休めたら……なんていう思いも頭をよぎりました。そうなると、そんな弱気なことでどうするんだとか、中途半端なものを出すくらいならやっぱり明日はやめておこうとか、なんで前日までやらなかったんだとか、頭のなかにいろいろ浮かんできて余計にやるべきことに身が入らなくなります。
誰にでもそういう経験はあるでしょう。そこで5分だけでも静かに呼吸をととのえて瞑想し、ザワザワした心を落ち着けると、「ちょっと不安になりすぎじゃないのか」「いつもの自分ならこれくらいできるじゃないか」とわれに返ることができます。実際そのときは「10ページじゃなくてもいいから3ページだけでもまずはつくってみよう」という気持ちになり、朝方までかかりましたがきちんと用意することができました。
不安や怒りで頭がいっぱいになって固まってしまう状態、いわゆる「扁頭体ハイジャック」がおこっているときに、呼吸、瞑想、内観などのマインドフルネスのメソッドを使うと、「われに返る」ことができます。心ここにあらず、という状態から本来の自分に戻ってくることができるのです。これだけきくと、「それで人生が変わるなんて、おおげさだ」と思われるかもしれませんが、「われに返る」ことで本当に救われた経験が私にはあります。
20代後半から30代前半にかけて、わたしは住宅企業の営業職、本社勤務、そのあと、外資系コンサルタントの仕事を経て、ベンチャー企業のIPO準備の仕事に就きました。転職のたびにステップアップし、当時は高層マンションに住み、外車を乗り回し、結婚するつもりの女性もいました。仕事柄全国紙にも自分のコメントが出るなどして、なんとなくこのままずっとうまくいくような気がしていました。ところがです。自分がもっとも信頼していた人からとつぜん裏切られ、人生が暗転しました。そのときはじめて、自分のような普通の人間の中にも憎悪というものがあるんだということに気づき、愕然としました。
自分を裏切った人間を許したいという気持ちと許せないという気持ちの間を行き来しながら、自分を追い込むように仕事に打ち込みました。傍から見れば精力的に働いているように見えたかもしれませんが、実際はうつ状態でした。当時、誰もいない高層マンションの自宅のベランダで「ここから飛び降りたら楽になるんだろうな」という考えが何度も頭をよぎりました。積極的に死を選ぶというよりも、ただ、楽になりたいという感覚です。そのとき両親の顔が頭に浮かび、ぎりぎりのところでわれに返りました。まだ踏みとどまる力が自分のなかに残っていたんですね。運がよかったのだと思います。
マインドフルネスというのは、「われに返る」ことを運任せにしないメソッドです。こういう状況におちいる前に自分で「気づく」ためのものです。そのうえで「自分を信じる」「現状を受け入れたうえで前に進む」ことを可能にするものです。そういう意味で、マインドフルネスには人生を変える力がある、と私は思います。