不安や怒りで「内なる声」が聞こえなくなる

『スタンフォードの脳外科医が教わった人生の扉を開く最強のマジック』は、田舎町の貧困家庭に生まれ、アルコール中毒の父親とうつ病の母親の世話をしながら、常に不安と苛立ちのなかで生きていた少年が、マインドフルネスに出合って徐々に人生を自分の手に取り戻していく物語です。彼がルースという女性から教わったマインドフルネスは、4つの段階があります。本のなかでは「ルースのマジック」と呼ばれていますが、私なりの解説をつけるとこのようになります。

(1)からだを緩める→ボディスキャンの瞑想。気づきを高める
(2)頭の中の声を止める→注意力のトレーニング。雑念を静める
(3)心を開く→慈悲の瞑想。他者への共感を高め、現実を受け入れる
(4)なりたい自分を描く→目標への具体的の計画と行動

ルースは、これを「なんでも手に入るマジック」だと言いますが、それは自分が必要としているもの、本来やるべきことに気づき、それに向かって行動を起こすためのメソッドであるという意味です。人間は不安、怒り、恐れ、といったものにとらわれていると、本当に自分が望んでいるものや、やるべきことが見えなくなります。つらい現実から逃げるために仕事にのめりこんでいたときの私がそうでした。仕事は自分のステップアップの手段だと考えて、年収や社会的地位にこだわっていたときの私がそうでした。

『スタンフォードの脳外科医が教わった人生の扉を開く最強のマジック』(ジェームズ・ドゥティ著・荻野淳也解説・プレジデント社刊)

最初にIPOを手伝ったベンチャーでうつ状態になったときに、友人のすすめで地方活性化のプロジェクトで農作業などを手伝う活動を始めたのですが、そこで出会った人にさそわれて、ヨガスタジオを展開するベンチャーに転職しました。そこで初めて瞑想を体験して頭が空っぽになる気持ちよさを体験したことがいまにつながっていると思います。でも、当時はそれよりも、もう一社IPOを成功させれば自分のキャリアに箔がつくなと、そんな気持ちでやっていました。それでまた行き詰まってしまった。

結果を出そうとする焦りで空回りをして周囲の信頼を失っていったのです。最後は役割と責任だけで動いていて、「この会社をどうしていきたいか」という自分自身の目標がなくなっていました。結局その会社も辞めるのですが、そのときやっと本当に自分の内なる声を聞いたような気がしました。「もう終わりにしよう」と。そこからすぐにいまの仕事につながったわけではありませんが、転換点になったのは確かです。そこから「本当の自己を中心とした生き方をしよう」という意識を持ち始めました。

これは、いわゆる自己中心的生き方ということではありません。自分の内なる声に蓋をしないで生きていくということです。私もそうですが、下手に器用な人は、目先の成果を出せてしまうので、心の渇望や葛藤に気づかないまま、「自分はうまくいっている」と勘違いして行くところまで行ってしまう。往々にしてそうした渇望をいちばん簡単にうめてくれるのはお金やモノです。でも、その渇望の背後にあるものに気づかなければ、いつまでも満たされることはない。数字だけを追い求める経営がいつか歪んだものになっていくのと似ています。(第2回に続く)

荻野淳也(おぎの・じゅんや)
一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート代表理事。株式会社ライフスタイルプロデュース代表取締役。Googleで生まれた脳科学とマインドフルネスの能力開発メソッド「SEARCH INSIDE YOURSELF」の認定講師であり、日本でSIYプログラムを初めて開催。リーダーシップ開発、組織開発の分野で、上場企業からベンチャー企業までを対象に、コンサルティング、エグゼクティブコーチングに従事。外資系コンサルティング会社勤務後、スタートアップ企業のIPO担当や取締役を経て、現職。マインドフルネスメソッドやホールシステムアプローチ、ストーリーテリングなどの手法を用い、組織リーダーの変容を支援し、会社や社会の変革を図っている。
関連書籍に、『世界のトップエリートが実践する集中力の鍛え方 ハーバード、Google、Facebookが取りくむマインドフルネス入門』(共著、日本能率協会マネジメントセンター)『サーチ・インサイド・ユアセルフ』(監訳、英治出版)、『マインドフル・リーダー 心が覚醒するトップ企業の習慣』(監訳、SBクリエイティブ)、『スタンフォードの脳外科医が教わった人生の扉を開く最強のマジック』(解説、プレジデント社)、『たった一呼吸から幸せになるマインドフルネス JOY ON DEMAND(ジョイオンデマンド)』(監訳、NHK出版)がある。
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