西室泰三氏とベーカー元駐日大使
「東芝のリスク? 西田が(任期4年で)辞めちゃうことじゃないですか」
ある外資系証券会社のアナリストは真顔でこういう。
西田とは西田厚聰、東芝社長のことだ。西田は2005年6月社長に就任して以来、一見大胆に見られがちだが、実は用意周到に準備された経営を打ち出し、進むべき道を模索していた東芝に未来を示した。いわば、東芝はこうして生きる、と明確に宣言をしたのである。07年度決算で東芝の売り上げは7兆6681億円、営業利益2381億円で名実共に総合電機メーカーだが、西田の登場によって、東芝は大きく変わろうとしている。
西田の名を世に知らしめたのは、06年1月に発表されたウェスティングハウス(以下、WH)の買収劇だった。
「WHを買収する前の当社にすれば、想像もできなかった世界なんですよ」
と西田は述懐する。
国内産業として建設、補修、再処理工業のほんの一部を請け負っていただけの東芝の原子力の風景はWHの買収で一変した。国内産業だった東芝の原子力事業はグローバルマーケットで勝負する事業となった。世界には原子力産業という9兆円ものマーケットがある。
東芝原子力部門の部長クラスがまとめたレポートには世界規模で起きようとしている「原子力ルネッサンス」の現実が克明に記されていた。原子力発電所は世界30カ国で439基が稼働(08年1月現在)し、原子力発電所の新規導入を予定している国および地域は20カ国以上に上る。アジアだけでも、インドネシア、タイ、マレーシア、バングラデシュ、フィリピンが導入予定国である。
東芝が世界市場に打って出るためにWHは絶対に必要だったが、これほどの“出物”もなかった。世界最新鋭の加圧水型軽水炉(PWR)「AP1000」を持つWHのブランド力、信頼性を考えるならば、買収金額およそ6200億円は決して高い買い物ではなかったはずだ。
現に米国の原子力発電所計画は、WH買収前の11基から31基に増加し、今後20年間で全世界では、150基以上の計画が打ち出されているほど、原発の需要は高まりつつある。
原子力産業は安全保障と密接に結びついている。ことに東芝の場合、過去に「ココム事件」という悪夢を体験しているだけに、米国政府、原子力関係への根回しは不可欠であった。
東芝は米国ワシントンでも強い影響力のあるといわれる人物、元駐日大使、ハワード・ベーカーをロビイストに雇う一方で、大物OBを通じて米財界への働きかけを行っていた。その重責を担ったのは西室泰三である。
後継に西田を指名したとされる西室は日米財界人会議の日本側議長を務めるなど米国財界へ“顔”が効く数少ない財界人である。元ゴールドマン・サックス証券の社長で、ニューヨーク証券取引所会長を経て、メリルリンチ証券現CEO(最高経営責任者)のジョン・セインが、「西室は無二の親友だ」というほど、米国財界における西室の信は厚い。