IT化で“匠の技”を再現。おいしいイチゴを安定供給

【田原】まず何から始めましたか。

【岩佐】私たちがボランティアにいった時にアレンジをしてくれた橋本洋平君と意気投合して、2人で500万円を出してハウスをつくることにしました。20アールの土地を借りて、整地をして、井戸を掘って、パイプを差して、ビニールを張って、栃木からイチゴの苗を買ってきて。ぜんぶ手作業で、東京のボランティアのみなさんにもずいぶん助けてもらいました。

【田原】ハウスはできたかもしれないけど、イチゴの栽培について岩佐さんは素人だ。そこはどうしたの?

【岩佐】橋元君の親戚に、橋元忠嗣(ただつぐ)さんという農業の大ベテランでイチゴ作りの名人がいて、いろいろと教えていただきました。1年目は事業というレベルにはほど遠かったですね。イチゴが収穫できた時は本当にうれしくて、みんなで配って食べちゃった。だからどれだけ出荷したのかもよく覚えていません(笑)。


GRA本社社屋。一帯は大震災で壊滅した(左上)。現在、パートタイムを含め約50人のスタッフが働いている(左下)。ハウス内にはたくさんのセンサーが配置され、温度や湿度をチェック。イチゴ栽培に最適な環境になるようにコンピュータで制御している(右)

【田原】世界的な産業にするなら、そこで止まってはいられませんね。2年目はどうしたのですか。

【岩佐】1年目に分かったのは、従来のやり方では時間がかかるということ。忠嗣さんは、「イチゴの声を聞け」とか、「イチゴは女性と同じ。機嫌を損ねないように優しくしろ」という。それも悪くない世界ですが、イチゴの声が聞けるようになるまで15年かかるといわれたら、若い人は誰も農業をやろうと思いません。新しい産業を育てたければ、忠嗣さんの知恵を再現性が高いものにして、誰でもできるようにしないといけない。それが2年目以降のテーマでした。

【田原】どうすれば、誰でもおいしいイチゴをつくれるのですか。

【岩佐】ヒントを探しに海外に視察にいきました。たとえばオランダは農業の産業化が進んでいます。自分の目で見れば、何か分かるんじゃないかと。

【田原】オランダは人口が日本よりずっと少なくて国土も狭いのに、野菜の輸出国ですね。どこがすごいんですか、オランダの農業は。

【岩佐】オランダはつくる作物を集中しています。まわりにフランスやドイツ、スペインといった農業大国があって簡単に野菜を輸入できるから、自分たちはパプリカとかトマトのように商品性の高いものだけに集中して投資をしているのです。残念ながら、日本はそれをマネできない。日本は島国。傷みやすい葉物を、海を越えて輸入するのは困難ですから。

おいしいイチゴをつくるためのIT化は3ステップ

【田原】なるほど。オランダの農業は参考になりませんか。

【岩佐】もちろん学ぶべきところも多いです。オランダはコンピュータでハウス内の環境を管理しています。たとえばトマトにとって最適なCO2の濃度は何ppm、温度は何度、日照時間は何分というデータに合わせて、ハウスの窓を開け閉めしたり、エアコンを調節したりする。これらは自動化されているので、少ない人数で大規模な農場を管理できます。

【田原】これは岩佐さんのところでも取り入れているのですか。

【岩佐】はい。おいしいイチゴをつくるためのIT化はスリーステップあります。ファーストステップは、データの測定。どのような環境の時に、イチゴがどのような味になり、どれだけ収穫できるのか。それを把握して因果関係を分析します。セカンドステップは、分析した理想の環境を機械で自動的に制御します。そしてサードステップは、イチゴの状態をリアルタイムで把握して、さらにきめ細かい環境設定をしていく。サードステップまでいくと、機械学習的にどんどんおいしくなっていきます。いま私たちはサードステップに入りかけている段階です。

【田原】イチゴの状態をリアルタイムで把握って、そんなことできるの?

【岩佐】まだこれからですが、たとえば葉っぱの色や枚数、イチゴの赤みをセンサーで自動的に測定することは可能です。いまここの研究に一番お金を使っています。いままでも1~2億円注ぎ込んでいますが、最近事業会社やファンドに出資いただいて5億円の調達ができたので、さらに研究を進められそうです。