第2にGRAPHという会社は、職人の勘に任されていた印刷技術を、色彩学などの理論を踏まえた数値管理により高度化することを試みてきた。職人技に頼らずとも、かけ算の九九のように暗記しさえすれば、誰もが現場の作業に携われるようにする。これが理論の実践的な役割のひとつである。職人技の精度を高めたり、表現の幅を広げたり、効率化を進めることにもつながる。
インクメーカーは、指定の色を出すためのインクの配合比率の情報を印刷会社に提供している。だがそれは、メーカー指定の用紙のうえでの話である。紙の材質が違えば、インクの配合比率を守っても指定の色は出ない。そのため職人の経験と勘による微調整が必要となる。
だが、職人の勘にも限度がある。そこで営業の出番となる。頭を下げつつ、予防線を張るのだ。「色むら、色のばらつきはご理解ください」――使い捨ての印刷物なら、それでよいかもしれない。だが本当にそうなのか。北川氏は考えた。
ブランドカラーがきちんと同じ色で刷り上がらなければ、ブランディングは始まらない。たかがマークやパッケージングとはいえ、高精度な商品の顔としてブランドはある。
そこでは、相応の表現の精度が求められるのではないか?――この要請に応え、同じ色を確実に再現できるようになるには、紙の材質ごとに異なるインクの配合割合をデータベース化していく必要がある。さらには同じインクでも、紙に盛る厚みが0.1ミクロン違うだけで色みは異なる。その用紙に対して、どれだけのインクの厚みを盛れば、どのように見えるかというレベルまで追求していくことで、印刷の精度はさらに高まる。
温度管理も重要だ。機械の摩擦熱による温度上昇をコントロールしなければ、インクの硬さの変化によって、刷り上がりがばらつく。GRAPHでは水冷式を採用し、印刷機の中の温度管理にも注意を払う。
こうした印刷の精度の向上は、微妙な色調や表現を可能にする。たとえばGRAPHでは、同じ印刷物でも、木版画のように1つひとつ個体差のあるオリジナルとして刷り上げることも可能だ。これも、正確に同じものを再現する技術がベースにあるからこそできることだという。
第3にGRAPHでは、北川氏が自ら版をつくり、インクを練り、印刷機を回す。印刷技術を知っていることから生まれる大胆で繊細な表現が、デザイナーとしての北川氏の強みとなる。とはいえ、印刷機は1台数億円。独自の表現につながるからといって、デザイナーがそこまでの設備投資を行うことはまずない。
しかし北川氏は、生まれ育った実家が印刷会社だった。北川氏とGRAPHにしてみれば、印刷とデザインの融合は、やむにやまれぬ選択の結果だったのである。