高い技能、低コストで文句も言わないとなると、まずは労働市場での衝突は避けられない……。人工知能が人間を脅かす日が来るのだろうか。神戸大学名誉教授の松田卓也氏は「家政婦が機械に取って代わられることは、当面ないだろう」と言う。その理由とは――。

人間よりはるかに高い知能の誕生は2045年?

2015年初頭、NHKが「NEXT WORLD 私たちの未来」と題して放映した番組に大きな反響があったという。番組の一部は30年後の45年を扱った近未来ドラマだが、米国の未来学者レイ・カーツワイルによれば、この45年という年に、世界は技術的特異点(シンギュラリティ)に達するという。

技術的特異点(以下、特異点)とは、いう人によって多少のニュアンスの差があるが、人間よりはるかに知能の高い超知能が誕生する時点である。超知能は機械に補助された人間かもしれないし、あるいは機械知能かもしれない。前者の場合は超人類(トランスヒューマン)と呼び、後者なら機械超知能である。超人類は生身の人間ではなく、地頭を人工知能で補強したサイボーグである。

1人の普通の人間の知的能力を1H(ヒューマン)と定義すると、カーツワイルによれば、人工知能の能力は29年には1Hを突破し、45年には10億~100億Hになるという。この数字は全人類の人口に匹敵する。したがって、特異点では人工知能の能力が、全人類の知的能力の総和に匹敵するということもできる。

ここで、人工知能を狭い(弱い)人工知能と汎用(強い)人工知能の2種類に分類してみよう。狭い人工知能とは特定目的の人工知能であり、汎用人工知能とは人間のように常識を持ち、なんでも一応はこなせる広い知的能力を持った人工知能である。

人間のプロ棋士を凌駕する「狭い人工知能」将棋ソフト。

現在、世界に普及している人工知能はすべて狭い人工知能である。たとえばチェスの世界チャンピオンを破ったIBMのディープ・ブルー、ジョパディ! というクイズで人間のチャンピオンを破ったIBMのワトソン、iPhoneに搭載されているバーチャル・アシスタントのSiriなど。グーグル検索でも、アマゾンでの買い物でも、背後にはこの狭い人工知能が働いている。狭い人工知能は人間のような意識を持っておらず、哲学的な観点から弱い人工知能と呼ぶこともあるが、特定分野では人間よりはるかに強力なのだ。