「私の妻なら、乳房全摘出を勧めます」

半年間の抗がん剤治療が終わり、妻の右乳房の3つのしこりもかなり小さくなって、いよいよ手術ができる状態になりました。手術について、主治医は「乳房を全摘出するか、部分摘出するかを選ぶことができます」と提案してきました。全摘出になると思い込んでいた妻には、思わぬ朗報でした。

しかし、部分摘出することによって、画像診断では引っかからないがんが残ってしまえば、再発や転移の危険性が一気に増します。そこで妻は「私のような乳がんに先生の家族がなったら、どちらを勧めますか」と聞きました。「全摘出を勧めます」というのが主治医の答えでした。

いまでは小さくなったとはいうものの、妻の乳がんが見つかったとき、すでに右脇のリンパ節にも転移しており、3つのしこりのうちの1つは5×3センチもあったのです。しかも「最悪の顔つき」とまでいわれていたのです。そのため手術ができず、妻は半年間も抗がん剤治療に耐えてきたのです。

私は妻とは逆で、がんがかなり小さくなったのなら部分摘出に違いない、と思い込んでいました。ですから、乳房の全摘出か部分摘出かの選択の話が主治医から出たとき、全摘出なら抗がん剤治療をした意味がないような気さえしました。

たしかに転移のリスクを考えたら、全摘出のほうがいいのでしょう。主治医の「全摘出を勧めます」という言葉が、「全摘出でなければ近い将来、命を落とすことになりかねない」といわれているように、私には聞こえました。

それでも「全摘出にしてください」と承諾するには、気持ちの整理が必要でした。妻からすれば、女性の象徴でもある乳房を1つ失うことになるのです。主治医の答えに妻も決断できずにいたので、手術前日までに答えを出すことになりました。

時間が経つにつれて、妻の命の安全を考えると、全摘出しかないように思えました。妻にはつらい選択となりますが、部分摘出を選択したがために転移し、命に関わるようなことになれば、悔やんでも悔やみきれません。手術前日までに妻を説得することができるか、自信はありませんでしたが、まずは妻の気持ちをじっくり聴こうと思いました。

手術前日の夕方、病室のベッドに横たわる妻と乳房を全摘出にするか、部分摘出にするかについて話し合いました。妻は「部分摘出にしたい」と私に訴えました。その答えが苦渋の選択からなされたものであることは、妻の表情からすぐにわかりました。

私は、命の安全を優先するため全摘出を勧めながらも、最終的には妻の決断に同意しました。命云々の前に、妻が生きる気力を失くしてしまうのではないか、と心配になってきたのです。これまで十分に頑張ったのだから、これ以上つらい目に遭わなくていい、と考え直すようになったのです。

ところが妻は、主治医に乳房全摘出手術をする旨を伝えたのです。家族のためにも命に関わるリスクは負えない、と強く思ったのでしょう。妻の決断に、なんだかうれしいような悲しいような複雑な気持ちになりました。