なぜ、客は「自分に似た人」に心を開くか
相手との心の距離を縮めるには、まずその人物との類似点を探し出すことが必要になる。
ある晩、女性から「あなたに無料招待券が当たりました」という電話がかかってきた。
私はかつてネットの懸賞などに度々応募していたので、そのひとつかと思って話を聞くと、その女性は「招待券を送ったのですが、届いていますか?」という。招待券? そんなものは届いていないと告げると、「念のため、住所を確認させて下さい」と言ってきた。
後に、数多くの潜入取材をして知ったのだが、これは封書を送ったことにして、こちらの住所を聞き出す手口だ。当時、それを知らなかったので正直に住所を伝えた。すると今度は「数分で終わる簡単なアンケートをお願いしたい」と言い出し、「今、関心のあることは何ですか?」などの質問が始まった。
出身地を尋ねられたので正直に答えると、女性は「え~本当ですか! 私の出身大学もその県にあります」。
スポーツは何かしているかと尋ねてきたので、「テニスです」と答えると、この女性も「錦織選手の打つダウン・ザ・ライン(サイドラインに沿ってストレートに打つ打球)って、すごいですよね」などと、これまた共通の話題で話に花が咲いた。
冷静になって考えればヘンな話だが、そのときは彼女との共通点が多くなればなるほど、次第に心が通じ合ったような気になっている自分がいた。
数日後、私はこの女性に誘われ食事をすることになった。だが、そこで女性は馬脚を現す。本当の目的は、私に会うことなどではなく、勧誘することだった。私と会うや否や、宝石店に連れていき、そこで、しつように100万円を超える高額なネックレスを購入するように勧めたのである。
▼アナロジー(類推)力で客を攻略
女性は電話での会話のなかから、私と接点のある部分をピックアップして話を盛り上げた。人は、相手との共通点が多くなればなるほど、その人に興味を持つようになる。その心理を利用して心の距離を縮め、最終的には、私に好意を抱かせるまでに至った。こうした恋愛感情を利用して、高額商品を売りつける商法は今もなお行われている。
読者の皆さんも仕事で知り合った人と懇意になろうとするとき、その相手との共通点を探しながら話を進めているに違いない。また、仕事上で何かしらのトラブルに見舞われた時、その事態に対処するため、過去に経験した似たような事象を思い浮かべ、今、目の前で起きている事象との共通点を探しながら、対処法を考えることもあるだろう。
こうした思考法は、アナロジー(類推)と呼ばれる。
アナロジーは病気を治療する医者の姿を思い浮かべれば、わかりやすい。医者は、問診で患者から症状を聞き、過去に同じような症例がなかったかを考えて、病気の原因を絞り込みをしつつ治療法を考える。
最近、様々な健康番組を見ながら思うのは、名医といわれる人に共通するのは、患者の病状を的確に把握し、頭の中にある数多くの症例からアナロジーして、患者にベストな治療を施す点である。これはビジネスにおいても同じで「アナロジー力」は経験量に比例している。