破産国ウクライナの押し付け合い

ブレマー氏らが選んだ15年10大リスクの第2位は、欧米との対立を深めるロシアリスク。火種になったウクライナ問題についていえば、落としどころが見えてきている。そもそもウクライナ経済は完全に破綻していて政府の米櫃は空っぽ、南東部の新ロシア派勢力と戦う余裕はない。

親欧米派のポロシェンコはEU加盟とその手前のNATO入りを訴えて大統領選を戦った。住民投票でウクライナからの独立を宣言したクリミアをロシアが併合した直後だったので、EUもウクライナに同情的でEUに入れてやろうという気持ちもあったし、アメリカも「早く入れてやれよ」という雰囲気だった。しかし破産状態のウクライナを再建してEU入りさせるコストが50兆円は下らないと算盤を弾いてから、これはギリシャ問題どころの騒ぎではない、とEU諸国の腰が引けた。

EUでは加盟国の地域を一人当たりGDPの高い順に並べて、真ん中から下の地域には貧しさに応じて補助金を出している。ギリシャがユーロを離脱してもEU離脱を夢にも考えていないのはこの仕掛けがあるから。貧しくなった地域は補助金がもらえる(いまのEUの取り決めではユーロを離脱した場合にEUに残ることは許されていない、というよりも明確な規定がない)。もしウクライナがEUに加盟すれば、最貧クラスにウクライナの各地域がどっと入る。そうなったら困るということで、ルーマニアやブルガリアが加盟反対に回った。いまやEUの指導者たちのほとんどは、心の中でウクライナをロシアに押し付けたいと思っているほどだ。

一方のロシアもロシア系や親ロシア派住民が多いとはいえ、ウクライナ南東部の州なんて欲しくない。人口200万人弱のクリミアの統合コストだけでも年間3000億円、さらに遅れたインフラ構築にも3000億円もの負担がかかる。南東部のドネツク州とルガンスク州合わせて2000万人の面倒を見る余裕はないのだ。原油安とルーブル安で苦しんでいるから、プーチンもロシア国民も戦う気力が萎えつつある(もちろん、いざとなったら戦うだろうが)。つまり、ウクライナ問題で対立をエスカレートさせる理由は欧米、ロシア双方ともにないし、当事者であるウクライナも「これ以上戦えない」と悲鳴を上げている状態なのだ。

ウクライナ南東部をロシアが併合することはありえないし、EU化もありえない。ウクライナでロシア系住民や親ロシア派を攻撃し対立を煽っているのは政権に潜り込んでしまった極右の連中(これもポピュリスト)だ。これを抑えるのはポロシェンコ大統領の仕事。私はウクライナ問題でロシアと欧米の関係がこれ以上悪化するリスクはそれほど高くないと見ている。

ブレマー氏が筆頭に挙げた2つのリスクを考察してみると、なんとなく関係諸国の取りうる選択肢が意外に限られていることがわかり、世界を揺るがすような大混乱にはならない気がする。より大きな混乱要因は、指導者不足の国に広がるポピュリズムではないか。これなら欧州に広がる反イスラム運動、アメリカでオバマ大統領の支持基盤となっている99%への富の還元、日本の右傾化、中国の虎狩り、など枚挙にいとまがない。

(小川 剛=構成 AP/AFLO=写真)
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