窪田良には、日本に一時帰国したときにお互い忙しい仕事の合間を縫って会うのを楽しみにしている人物がいる。元陸上選手の為末大氏だ。2013年に出会って以来、分野は異なるものの「好奇心が旺盛で、新しいことを学ぶのが大好きだということが共通している」(窪田良「私の考え」より)と意気投合し、意見交換を続けてきた。
為末氏は、12年に現役を引退し、現在はスポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。2020年の東京パラリンピックでは、陸上競技用の義足を開発して日本人選手がメダルを獲ることも見据えている。
今回から前編・中編・後編の3回にわたり、為末大氏との対談をお送りする。前編のテーマは「見ること」。視覚を研究してきた科学者と、視覚を駆使してきたアスリート。それぞれの立場から「見る」をめぐる論が交わされていく。
出会いは、“ちゃんとした雪合戦”の場
【窪田】ご無沙汰しています。
【為末】お久しぶりです! よろしくお願いします。
【窪田】為末さんに初めて会ったのは2年前、2013年の冬でしたね。「雪合戦」で、同じチームだったんですよね。
【為末】そうでしたね。福島県で開かれたグロービス主催の「G1サミット」のプログラムに、ちゃんと「雪合戦」が組まれていて。
【窪田】球のサイズやフィールドのサイズなんかも、国際ルールにのっとってやったんですよね。戦略も本格的で、球を補給する役割とか、相手をやっつける役割とかあって。
【為末】最初のうちは負けていたけれど、勝つための戦略をチームのみんなで考えて、最後の最後で勝ち方が見えてきた感じでしたね。
【窪田】最初は勝ち方がわからないんだけれど、学んで戦術が磨かれていくプロセスが楽しかった。成績はたしか最下位だったかもしれないけれど、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら「あ、こういう戦略だったら勝てるんだ」と、チーム全体が実感していったような気がしましたが、いかがでした?
【為末】たしかに。雪合戦が2日間あれば、私たちのチームが天下を獲っていたと思います(笑)。「本当はこうなんじゃなか」と仮説を立ててみて、勝ち方がわかりかけてきたときはおもしろかったですね。
【窪田】チームのみんなが“団子”になって戦ったらどうかとか、散らばって配置したらどうかとか……。
【為末】将棋の駒をどう活かすかといったような感じでしたね。
【窪田】そんなことで、為末さんと知り合えたんですが、もちろん以前からテレビなどで為末さんを拝見していました。で、実際にお話してみると、気さくに話してくださって。
【為末】窪田さんとの話でよく覚えているのは、窪田さんが開発なさっている新薬候補の仮説が、そもそも進化の話とつながっているという。もともと哺乳類は夜行性だったから、現代の過剰な光に晒されるのは酷な状態にある。そこから目を守るために、飲み薬で眼の光への感応度が高い細胞の一部の働きを抑制して保護しようというお話でしたよね。
【窪田】ええ、ざっくり言うとそうです。
【為末】僕は進化論が好きで、生物がどういうふうにここまで至ったかという話が好きなので、窪田さんのお話もおもしろかったですね。窪田さんみたいに、生物全体に関わる進化や法則の話からビッグアイデアを語るような人は少ないですよね。
【窪田】そういう点では、為末さんも俯瞰的に物事を捉えて話されるじゃないですか。全体を眺めてから、ある部分にズームインしたり。そのあたりの思考パターンが似ているのかな。
【為末】そうかもしれませんね。
【窪田】私はいろんなことを理論的に話すのが好きなんですけれど、為末さんもそういう話を楽しまれる方だとわかりました。話をいろいろ組み立ててするのが好きなんだけれど、そういう話に乗ってくる人って意外と少ないような……。
【為末】そうですね、少ないかもしれないですね。