前編・中編・後編の3回に分けて、元プロ陸上選手の為末大氏との対談をお送りしている。
スポーツと医療という異なるフィールドで活動してきた2人だが、自分や物事を俯瞰的に捉えるなど、共通的な視点があることは前編と中編でお感じいただけたことだろう。
窪田良と為末氏。人生の歩み方にも共通の部分がある。節目節目で大きな岐路に立ち、歩む道を選択してきたことだ。窪田にとっては、研究者から医者へ、そして実業家への転身、為末氏にとっては100m選手からハードル選手へ、そして現役引退後の指導者やコメンテーターとしての新たな歩みがそれに当たる。
人生の岐路に立ったとき、選択を支えた判断基準とはどのようなものだったのだろうか。
目標達成への過程を楽しめるか
【窪田】為末さんは、ご著書『諦める力』でも書かれているとおり、高校時代に短距離走からハードルに競技を変えられたことが一つの大きな転機だったと聞きます。改めて、なにを判断基準に、人生の選択をしてきたんですか?
【為末】僕にとって「勝ちたい」というのが大きかったんですよね。勝つことが目標でした。でも、「勝ちたい」だけでなく、「そこに向けてがんばっていきたい」という気持ちと「本当はどうなんだろうか」という気持ちも大きかったですね。
「メダルを20年かけて獲る」と目標を立てて、それが達成できたとします。多くの人は、最後の「メダルを獲った」という結果が幸福かどうかを決めると考えがちと思うんです。けれど、その過程で「メダルを獲ろうとしている」こと自体に幸せを感じられるかのほうが重要だと思っていて。
目標に至るまでの過程を幸せに感じられる物事を選べれば、結果がどうあろうが、人生それなりに成功するような感じはしています。
1個目のメダルを獲った後、さらにメダルに向けてがんばると自分をかき立てることが難しくなったので現役を引退することにしました。
【窪田】プロセスを楽しめるかどうかというのは、人生の選択での重要な点ですよね。“山頂”を目指して登ってはいくけれど、山頂に至るまでの道を楽しめないとパフォーマンスも向上しないと思いますから。
大発見をして優れた論文を出せればいいけれど、たとえ大発見できなくてもその途中のプロセスが楽しめることをやりたい。だから、どうやってプロセスを楽しむかは工夫しますね。
【為末】工夫っていうのはどんなことを?
【窪田】例えば、試験管を洗うのでも、昨日は1時間で30本洗っていたのを、手順を変えたりして翌日1時間で40本洗えるようになったら自分で感動するわけです。
周囲からすれば「何くだらないことを嬉々とやってんの」って感じでしょうけれど、そうやることで目的達成に近づけるという感覚はとてもあるんです。
【為末】実験するような感覚かもしれませんね。スポーツでも、トレーニングで実験をしてみて、自分の技術が上達することで、周囲との関係が変わってきて、自分自身をまた変えていけるといったスパイラルを感じますよ。
【窪田】実験っていうのは、仮説を立ててみて検証したりとかも?
【為末】ありますね。「今週は腕を大きく振ってみよう」「今週は腕をコンパクトに振ってみよう」などと決めて、「コンパクトに腕を振るほうがよかったな」といったように。
でも、仮説を立てるだけだと、自分がびっくりするようなできごとは起きにくくなってくるんですよね。ハンマー投げの室伏広治さんも「自分をどう驚かせるか」を課題にされてました。僕らからすると、室伏さん本人が僕らに驚きをあたえてくれる存在ですけれど(笑)。
【窪田】存在感そのものがね(笑)。
【為末】驚きを得るために、ランダムなことを意図的にどう練習に取り込むかは考えてきました。自分が意図しないようなことを練習に取り込もうとする時点でランダムではないんですが。
【窪田】自分にとってのそれは、「人がやっていないことをやる」っていうことなんですよね。誰もやったことがないから情報も経験談もない。想像していたことをはるかに超えたことを経験することができる。それが人生を豊かにするし、新たなイノベーションの源泉にもつながる気がするんです。