東京大学大学院教授 ロバート・キャンベルさん

1957年、米・ニューヨーク市生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒業。ハーバード大学大学院東アジア言語文化学科博士課程修了、文学博士。85年に九州大学文学部研究生として来日。同学部専任講師、東京大学大学院総合文化研究科助教授などを経て、2007年より現職。近世・近代日本文学が専門で、とくに江戸後期~明治前半の漢文学と、芸術、メディア、思想などに関心を寄せている。テレビやラジオ番組出演、新聞や雑誌の連載など、様々なメディアで活躍中。


 

地面は、人に語りかけてきます――。私は長年、日本全国の街や村を歩き回ってきました。行った先々では、スマホで自分の足(靴)と地面をセットで撮影するのがマイルール。先日は、長崎の軍艦島でも撮りました。高度成長時代に栄え、そして滅びた炭坑の島。海から見るとまるで軍艦のようなシルエットをした廃墟の島に上陸し、かつて炭坑夫の家族が住んだ団地の敷地に足を踏み入れる。足と一緒に写る「地面や床」を後で見ると、訪問時に感じた住人ゼロの絶対的な静けさや埃っぽい空気、足裏で瓦礫を踏んだ音が甦るのです。地霊を感じるようなものかもしれません。

この“足跡写真”のほかに日頃、情報のベースになっているのが、同行する人から聞く話です。江戸時代の文献の研究が私の専門。各地に残された文献を探しあて、この目で確かめるためのフィールドワークが欠かせないのですが、その際も、現地の人と出会い、地元の食材を口にしながらじっくり話を聞きます。

すると、文献や地域の文化を不思議と深く理解できます。歩いて、足跡写真を撮り、人の話によく耳を傾ける。そうすることで、ネットでは入手できない、筋のいい、血肉の通った情報を引き寄せ、蓄積できるのです。

都内で散策することが多いのは、中央線沿線。事前に馴染みの古本屋で入手した、明治~昭和初期の古地図を片手に歩きます。「むかいだ」のある阿佐ヶ谷エリアもよく歩きますが、驚くのは、このあたりは現在ではただのアスファルトや敷石の道路でも、古地図によるとかつてはそこに細かい水路が張り巡らされていたということ。水路の流れを生む地面のちょっとした傾斜なども気にしながら散歩し、例によって足跡写真を撮り、地元の人と知り合いになって、情報を得る。実は、おいしい店のクチコミ情報もその一環で仕入れるのです。

この店は串揚げも絶品だけれど、名物はカレーうどん。それも、麺が稲庭うどんなのです。奇想天外なマッチングですが、和の食材をベースに、異なった食文化を“抱え込む”のが日本の得意芸。そして、軽井沢の「ユカワタン」も、やはり私流の情報収集の結果、通うようになったフレンチの店ですが、和のテイストや地元食材が料理の隅々までいきわたっています。

私は今、日本の江戸・明治期の頃の欧米人がどのように暮らしていたかも調べています。そのことが本業の日本の過去の文献研究に直接的な影響はないかもしれません。でも、「異文化」を知り、抱え込むことで、新しい切り口や発見が私の中に生まれるかもしれない。この2つの店で舌鼓を打ちつつ、これからのクリエイティブとはどうあるべきか、なんて考えることもあります。