AI向けの消費は、さらに速く増える

AI向け施設の消費は、さらに速く増える。同じ報告書は、2025年から2030年の同じ期間に約3倍になると予測している。

電気料金への影響は、発電余力や送電網、料金制度、事業者の費用負担によって異なる。冷却に必要な水も、気候や設備方式で変わる。データセンターができれば必ず住民の負担が増す、と一律には言えない。

だからこそ、個別計画について説明する必要がある。国全体にもたらす経済効果と、目の前の家計や水源への影響は、別々に確かめなければならない。

AIの便益は遠くの利用者にも届く。しかし、その便益を生む施設は、特定の土地に建つ。この距離が、AI競争を地域政治の問題へと変えている。

火を手にした後に何を引き受けるのか

古代ギリシャの詩人ヘシオドスは、『仕事と日』で、プロメテウスがゼウスから火を盗み、人間に渡した物語を記している。ゼウスはこれに怒り、パンドラを人間の世界へ送る。やがて壺が開かれ、災厄が人間の世界に広がる。一般に「パンドラの箱」と呼ばれるものは、この作品では壺である。

火の獲得だけで物語は終わらない。人間が新しい力を手にした後に、何を引き受けることになったのかまでが語られる。

私はこの神話を、技術の獲得と、その結果に向き合う社会の能力を、一緒に考えるための手掛かりとして読みたい。もちろん、データセンターを災厄とみなし、住民の反対をゼウスの罰になぞらえるという意味ではない。

AIは、人類の知的な仕事を大きく変える力を持つ。その力を広げるには、半導体や電力を確保するだけでなく、負担を生む場所と人を見なければならない。火を手にした者の視点だけでは、火が人間社会にもたらす変化を捉えきれないのである。

火のついたキャンドルをのせた手
写真=iStock.com/Bertlmann
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今回の報道に重ねるなら、問われるのは、AIの力を手にすることと、その力を社会の中で使い続けられることの間にある隔たりだ。神話は答えを代わりに出してはくれない。しかし、獲得した力の大きさに目を奪われ、結果への責任を後回しにしていないかと問いかける。