日本のものづくりは本当に衰退したのか。米カリフォルニア大学サンディエゴ校教授のウリケ・シェーデさんは「1990年代後半、中国や韓国、台湾の競合に追い上げられ、日本が得意とする組み立て段階の利益は次第に失われていった。だが、一部の企業はいち早く戦略を転換し、他国が簡単にはまねできない、複雑で利益率の高い分野で世界の先頭に立った」という――。

※本稿は、ウリケ・シェーデ『優しい資本主義 世界が見落としている日本企業の底力』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

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「ジャパン・インサイド」への大転換

戦後の1950年代から日本は、格好良い高品質な最終消費財や高度な中間財を大量に生産することで、80年代には世界的に有名になった。冷蔵庫、電子レンジ、テレビ、ステレオから鉄鋼、船舶、鉄道車両、発電機、自動車、事務機器、カメラに至るまで「メイド・イン・ジャパン」の表示は世界に誇れる日本製品の証だった。

ところが1990年代後半になると、韓国、台湾、中国が日本の製造技術を見事に習得し、はるかに安い人件費でつくれるようになった。こうした新たな競争が始まり、日本は主力市場で利益を侵食されていった。

低コストの競合相手と正面から競っても無駄だと悟った特定の企業は、いち早く戦略転換を図った。中国の台頭に負けずに、むしろその恩恵に与あずかるための最善策は、技術面で一歩先を走り続けることだ。これまでの一般的な組立作業やコモディティ(汎用品)から手を引き、代わりに、製造も模倣も難しい資材や、競合他社がまだつくれない素材など川上へと立ち位置を変えた。「メイド・イン・ジャパン」から「ジャパン・インサイド」への移行である。

より複雑な技術へと移行することによって、欧米企業の追随さえも許さず、日本は独自の力でグローバルテクノロジーの最前線でリーダーの座を目指したのだ。

儲かるのは「川上」と「川下」

図表1はこの戦略転換を表している。典型的な製品製造のバリューチェーン(価値連鎖)に、各段階の営業利益率を示す曲線、いわゆる「スマイルカーブ」を重ねた。この曲線では、バリューチェーン全体に利益が均等分配されるのではなく、製造段階によって収益性に違いが出てくることを想定している。

人件費の安い韓国や中国が台頭してきた結果、組立段階の利益は一気に失われた(スマイルカーブの下部)。組立段階は言うまでもなく、かつて日本の得意分野であり、「メイド・イン・ジャパン」のコア・コンピタンス(企業の中枢となる能力)でもあった。

このスマイルカーブからさらに見えてくるのは、今日のグローバル化した製造業のバリューチェーンでは、川上の設計、素材・生産機械、部品と、川下の流通や小売が最も高い利益率になることだ。