※本稿は、辛坊治郎、辛坊正記『なぜあなたは貧乏人のままなのか』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
実質賃金はなぜ伸びないのか
「賃上げが続いているといわれるのに、なぜ生活が楽になったと感じられないのか」
答えは簡単です。10万円の給料が2倍の20万円に上がっても、物価が3倍になれば、買えるものは減ります。この場合、「名目賃金は2倍になったが、『実質賃金』は3分の2に下がった」と見なされます。賃金が2倍に上がっても、買えるのは昔の6万7千円分のモノとサービスに過ぎません。
名目賃金は近年上昇しています。春闘で高い賃上げ率が報じられ、大企業を中心にベースアップも復活しました。ところが日本の実質賃金は、短期的な変動を均すと、10年以上にわたって下がり続けてきました。インフレが強まったここ数年は、それが一段と目立つようになりました。
数字の上では「賃上げ」でも、生活の現場で購買力が回復していないのです。
第一の要因は、交易条件の悪化です。難しそうな言葉ですが、会社にたとえれば簡単です。
資源価格の上昇と円安で仕入れ値が上がっているのに、製品に競争力がなくて十分に値上げできなかったらどうなるでしょう。従業員がこれまで通り頑張って同じ製品を作っても、利益が減り、従業員に払う賃金の元手も減ってしまいます。
国も同じです。輸入価格が上がるのに輸出価格が十分に上がらなければ、同じモノとサービスを生産しても、日本に残る実質所得、つまり購買力が減ります。日本が生み出した価値の一部が海外に流出するからで、これが「交易条件の悪化」です。
エネルギーや食料などの生活必需品は、円安と世界的インフレの影響を強く受け、輸入価格が大きく上昇しました。一方で、日本から輸出する製品の価格は、それに見合うほどには上がりませんでした。その結果、国内で生み出された付加価値の一部が海外へ流出し、国全体の実質所得が押し下げられたのです。
働く人は増え、平均賃金は下がった
第二に、長期金融緩和の恩恵が、株式や不動産などの資産価格と企業収益に偏り、家計には十分に及ばなかったという問題があります。資産価格と企業収益は上がりました。しかし、それが日本国内で働く人が生み出す付加価値の増加を伴っていなければ、物価上昇を上回る賃金増加にはさほどつながりません。
第三に、働く人の構成の変化があります。働く人が増える過程で、パートタイム、再雇用、高齢者雇用など、相対的に賃金水準の低い雇用形態の比率が高まれば、平均賃金は統計上押し下げられます。その平均に物価変動を加味した「一人当たり実質賃金」も低く出ます。
賃金は確かに上がりました。上がっても、物価上昇、交易条件の悪化、働く人の構成の変化、そして社会全体の生産性の低さに打ち消されて、生活実感としての豊かさが戻らなかったのです。


