賃上げされても生活が楽にならない理由

賃上げが続き、配偶者がパートで働き始めても、生活がその分だけ楽になった実感は乏しい。なぜでしょう。見るべきは、賃金の額面ではなく、税や社会保険料を差し引いた後に家計が自由に使える所得、すなわち可処分所得です。

【図表2】賃上げが生活実感につながりにくい構造
出典:辛坊治郎、辛坊正記『なぜあなたは貧乏人のままなのか』(幻冬舎)

生活の変化を左右するのは、あくまで「手元に残る所得」です。そして、手元に残る所得が増えにくい最大の要因は、社会保険料の動きです。

日本の社会保険料、とりわけ厚生年金保険料は、この20年あまりの間、制度改正を通じて段階的に引き上げられてきました。2004年の改正時に13.58%だった保険料率は、毎年引き上げられ、2017年に18.3%に達しました。実に4.72ポイント、率にして約35%もの上昇です。

より深刻なのは、健康保険料や介護保険料などを含めれば、標準的な勤労者にとって、社会保険料の個人負担がすでに所得税を上回っていることです。

給与明細では見えませんが、社会保険料は企業もほぼ同額を負担しています。事業主が負担する社会保険料は、企業が賃金に回せる原資を制約し、結果的に労働者の所得を押し下げます。これを含めれば、社会保険料の実質的な負担は、所得税を大幅に上回ります。

【図表3】厚生年金保険料率(労使合算)の推移(2004年〜2024年)
出典:辛坊治郎、辛坊正記『なぜあなたは貧乏人のままなのか』(幻冬舎)

社会保険料を引かれる人がさらに増加

社会保障制度の変更は賃金の増減と無関係に行われ、目に見えにくい形で可処分所得を削ってきました。賃金が変わらなくても、負担率が上昇すれば、可処分所得は減ります。

近年は保険料率を据え置いたまま、実質的に負担を増やす制度改定が続いています。その一つが、社会保険料の計算の基礎になる「標準報酬月額」の上限引き上げです。上限が引き上げられれば、それまで頭打ちだった層の保険料負担が増加します。

パート労働者への厚生年金適用拡大も進められました。従業員501人以上の企業から段階的に対象が拡大され、2024年に51人以上の企業まで広がりました。これにより、新たに保険料負担が生じる労働者と企業が増加しました。

健康保険制度でも、大企業の従業員が加入する健康保険組合は、高齢者医療制度への拠出金の増加で財政が圧迫され、保険料率の引き上げや給付削減を余儀なくされてきました。

雇用保険でも、本来の失業給付と関係の薄い政策経費が保険料で賄われ、その分、企業と労働者の負担が高止まりしています。

これらの制度改正は、制度の持続性を維持するための合理的な措置と説明されます。しかしマクロで見れば、本来は税で負担のあり方を問うべき部分が、社会保険料という形で、現役世代の所得から静かに徴収されてきたことを意味します。