中米ニカラグアで、中国マネーによる巨大空港の建設が進められている。もともとは冷戦時代、ソ連の戦闘機を受け入れるために造られた軍用飛行場だ。米国では「中国の爆撃機ならワシントンまで約3時間」と警戒する声も上がる。しかし、約650億円の融資を約束した中国側からの資金は十分に届かず、工事は大幅に遅れている。いったい何が起きているのか。海外メディアの報道から、その実態を追う――。
夕暮れ時の滑走路
写真=iStock.com/Piotr Mitelski
※写真はイメージです

アメリカが警戒する冷戦期の滑走路

中国の爆撃機なら、ワシントンまでおよそ3時間で到達できるという。

米共和党のマリア・エルビラ・サラザール下院議員は、2026年9月15日の下院公聴会で、アメリカと中米ニカラグアの地図を並べて示し、そう警告した。サラザール氏が発進拠点として挙げたのが、中国企業がニカラグアで手がける長大な滑走路だ。

滑走路は、いまも改修の途上にある。首都マナグアの北東約60キロ、湖のほとりで工事が続くプンタ・ウエテ国際空港の滑走路だ。再生計画の総事業費は5億1760万ドル(約818億円)で、工事と融資の双方を、中国の国有企業グループ傘下の企業が引き受ける。

もっとも、脅威論はサラザール氏の見方であり、中国に基地の設置を認める合意があったことを示す証拠は明らかになっていない。さらに、国外で発行を続けるニカラグア紙のラ・プレンサによると、2025年末までに舗装し直された区間は、延長後の全長3600メートルのうち330メートルにすぎなかった。

同紙が10月7日に伝えたところでは、オスカル・モヒカ運輸インフラ相は政府系メディアのインタビューで、3600メートルすべてが真新しいコンクリートになったと主張している。ただ、滑走路の幅を45メートルから75メートルに広げる工事は、これから進めるという。

ニカラグア政府の報告書によると、着工から2年近くがたった2026年6月末になっても、工事の進捗率は3割に満たない。中国依存の空港建設計画は、泥沼の様相を呈している。

アメリカは40年あまり前にも、この滑走路に神経をとがらせていた。ここは、ソ連製の戦闘機を受け入れるために造られた軍用飛行場だったからだ。ニカラグアのオルテガ政権はいま、この冷戦の遺物を軸に、最上位クラスの国際空港を築こうとしている。

約束されたソ連のミグは1機も来なかった

1981年11月、ダニエル・オルテガ現共同大統領の弟で、当時国防相だったウンベルト・オルテガ氏が、モスクワで秘密の軍事協定に署名した。ソ連は1985年までに、ミグ21戦闘機12機を供与すると約束。飛行場の建設には、キューバの顧問団が手を貸す。1984年末には、長さ約3000メートルの滑走路が舗装された。

ミグが陸揚げされれば、アメリカはこれを破壊する構えだった。1984年10月、アメリカの偵察衛星が、黒海の港に置かれた巨大な木箱を捉える。ミグ21を最大12機収められる数だ。その木箱を積んだとみられるソ連船は、検査の目が光るパナマ運河を避け、南米大陸の南端を大きく回ってゆく。だが翌月、ニカラグアに入港した船から、ミグは出てこない。積み荷は攻撃ヘリだった。

CIA(アメリカ中央情報局)の機関誌に載った論考によれば、反政府ゲリラと戦うならミグよりヘリが役に立つとキューバのフィデル・カストロ議長がサンディニスタ政権の指導部に説き、その影響力がソ連の判断を左右したという。ミグは結局、1機も引き渡されなかった。

1990年の選挙に敗れてオルテガ政権が退くと、滑走路は打ち捨てられた。2006年に地元誌の記者が訪れたとき、滑走路のコンクリートは牛の糞だらけだったと、アルゼンチン系ニュースサイトのインフォバエは伝える。ダニエル・オルテガ氏が政権の座に返り咲くと、滑走路は緊急時の代替空港として改修され、CIAの論考によれば、2010年にはロシアの資金援助で運用可能な状態になった。