「俺はアル中じゃない!」否認の病
「酒に害があるのでなく、泥酔する人に罪がある」
アメリカ合衆国建国の父であるベンジャミン・フランクリンはこう言ったという。当たり前だろ、と言うなかれ。酒は素晴らしい飲み物であり、それゆえついつい飲みすぎてしまう。かく言う私も琥珀色の液体に人生を狂わされる一歩手前まで行ったことがある。
40代の阿川信宏さん(仮名)が、母とともに外来にやってきた。事前に母親から、息子が連日大量に焼酎を飲み、アルコール依存症になっているから治療してほしいという連絡が入っていた。阿川さんも「罪」を背負った一人であった。
母親の後ろから嫌々といった様子で現れた男性は痩せ型で肌の血色も悪い。彼が入ってきた瞬間、酒臭がぶわっと広がる。室内だというのにチンピラがつけるようなダークブラウンのサングラスを外そうとしない。自分の顔色を読まれたくないという気弱さがあるのかもしれない。
「阿川さん、今日は病院までよく来てくれました」
私はあえていつも以上に明るい声で話しかけた。
「別に、自分は病院に行きたいなんて思ってなかったんすよ。おふくろがどうしても『行け』って言うから今日は来ただけです」
アルコール依存症の患者が、自分の意思で精神科の門を叩くことはまずない。受診を嫌がる本人を、家族が何度もなだめすかして、ようやく来院するケースがほとんどだ。
「この子はアルコール依存症なんです」
息子に代わって、母親が苦渋に満ちた表情で語り出す。
「毎日焼酎を飲んで、飲酒運転で仕事はクビになるし、奥さんとも酒が原因で離婚するしで、お酒で人生ダメにしちゃってるんです。先月は飲みすぎて階段から落ちて救急車で運ばれたんですよ。ガンマ(※1)が3000超えているからお医者さんに『お酒を減らさないと肝硬変で死ぬ』って言われたのに翌日から飲むし……」
「酒の量は減ってるだろ!」阿川さんが語気を強める。
「先生、俺はアル中じゃないんで、やめようと思ったらやめられるんですよ。やめられんやつはそういう病気だと思うんですけど、俺は違うんすよ」
「俺は違う」「自分は依存症(※2)じゃない」、こんな否定のフレーズから始まるのがアルコール依存症の診察である。この疾患が別名“否認の病”と言われる所以だ。
※1 ガンマ
γ-GTP。おもに肝臓や胆管に存在する酵素で、アルコールの影響を評価する指標。健康診断結果で、酒飲みたちが目をそらす数値である。
※2 依存症
アルコール依存、薬物依存、ギャンブル依存、ゲーム依存、買い物依存……三王子病院にはさまざまな依存症患者が訪れる。その中に、FX(外国為替証拠金取引)にハマり、5000万円の負債を抱えたという人がいた。どこにでもいる中年男性で奥さんに連れられてやってきた。負債がここまで増えても「どうしてもやめられない」と言う。この患者は、初診で通院が途絶えてしまったので、その後どうなったのかは知る由もない。

