キャバ嬢のように患者に接する
では治療はどうすればいいか? 基本は“断酒”一択(※4)である。
「自分で飲酒量減らせる人ってなかなかいないんですよ。たいへんじゃなかったですか?」
「俺は依存症のやつらとは違うんすよ。だから酒はやめたくないです。今の生きがいって酒だけなんすよ」
「お酒を完全にやめるのではなく、体に負担がかからないように少しだけ飲み方や量を調整していくのはどうでしょう。さすがに肝臓の数値を見ると私も心配です。わざわざ病院に来るのは面倒だと思いますが、2週間に1回でいいのでお話を聞かせていただけませんか?」
「医者はみんな『酒やめろ』って言うと思ってました。まあ月1回くらいなら来てもいいっすよ」
阿川さんのような肝臓の数値が上がり生活も破綻しているケースでは、入院させて強制的に酒を断つべきだ。しかし、断酒を強要すれば、彼は気分を害し、通院そのものをやめてしまうだろう。
アルコール依存症の患者数は約100万人と推計されているが、治療を受けているのはそのうちわずか5%。「自分はアル中じゃない」と、現実を否定している人はそもそも病院に来ない。ただでさえ治療につなげることが難しい疾患である以上、病院に足を運んでくれた患者にはなんとかして治療の糸口(※5)をつかみたい。
だから、「今日はよく来てくれました」「お酒減らせるなんてすごいです」「また来てくださいね」と、本指名を取るために必死になるキャバ嬢のように患者に接するのだ。
※4 “断酒”一択
酒の量を減らす“節酒”という考えはあるが、意志でどうにもならないから依存症になっているのに、「今日は2杯でやめとこう」などと都合よくコントロールできるはずがない。たいていは失敗して元の量に戻るか、それ以上に増える。
※5 治療の糸口
アルコール依存症の患者は否定され続けた人生を送っている場合が多い。仕事を失い、妻に逃げられ、40代になっても親のスネをかじっている阿川さんも心のどこかでは「酒に溺れている自分はダメだ」と思っており、自尊心も失われているかもしれない。そんな患者の乾いた心に“言葉”で潤いを与えながら治療につなげるのだ。
飲酒量を減らすコツ
「もう来ないかも」という思いに反して、阿川さんは月に一度、定期的に受診(※6)してくれるようになった。
2カ月後の診察では顔は土気色に見えた。「飲酒日記(※7)」という飲酒量を記録するノートを持参してもらったが、ほとんど白紙だった。
「酒の量は減らしてたんすよ。かなりいい線までいってたんですけど、先週久しぶりに先輩の現場を手伝いに行ったら、すげえ文句言われてムカついて、また酒の量が増えました。あれさえなければうまくいったんだけど……」
酒を飲んだ言い訳を延々と続ける。だが、ここで彼の言動を否定してはいけない。聞き役に終始し、気持ちよく雑談してもらう。
飲酒量を減らすためのコツは“少しずつ”だ。たとえば、アルコール度数9%の酎ハイを飲んでいるなら7%のものにしたり、ロング缶をレギュラー缶にしたりする。毎日を隔日にしたり、牛歩のごとく減らしていく。
「のんある酒場って知ってます? 意外とイケますよ」
私もたまに飲むノンアルコール飲料を勧めると、「それにしてみようかな」と阿川さんは照れくさそうに笑った。
※6 定期的に受診
アルコール依存症の治療には3つの柱がある。①専門外来への通院治療。②薬物治療。③自助グループ。本音を言えば、阿川さんの飲酒量と肝機能障害からすると、即入院をして集中的な治療をしたほうがよいのだが、彼はそれを望まない。③の提案も即座に拒否された。外来治療でも毎週通院がいいが、無理を言って来院しなくなることを避けるため、彼の希望で1カ月に1回の受診とし、②の「断酒補助剤」も処方することにした。
※7 飲酒日記
自分の飲酒量や飲酒状況を具体的に記録し、飲酒習慣を客観的に把握・振り返るための記録。だいたい飲酒量を少なめに記載する患者が多い。阿川さんは手書き形式だったが、最近は飲酒記録用スマホアプリが充実しており、そちらを利用する患者も多い。

