患者とつながる細い命綱
「ずっと仕事をがんばってたんですけど、腰のヘルニアになっちゃって。立てないから仕事にも行けなくなって、捨て鉢になって、また朝から飲んでるんですよ。『診察も行きたくない』って言って。先生に合わせる顔がないんだと思います。連れて来れなくてすみません」
メンツを気にする阿川さんらしいなと思った。現実は物語のようにうまくいかない。
「謝らなくていいですよ。ここまで来てくださっただけで十分です」
膝の上に両手を置いて深くうなずく。母親の律義さが表れている。彼女は自分のパートを休んで、息子の代わりにここに来ている。わが子をどうにかしたいと必死なのだ。
「信宏さんに伝えてください。体が動かなくなると気持ちまで動かなくなります。でも、それは怠けでも弱さでもありません。朝から飲んでしまって、『ここに来たくない』と思っても、それで治療が終わるわけではありません。来られない日があっても、飲んでしまう日があってもいい。私との縁が切れたとは思わないでください」
ついに入院治療を決意
15カ月後、阿川さんは母親と一緒に来院してくれた。ただ、その顔は最初に訪れたときのように憔悴し切っている。私の顔を見ない阿川さんに代わって、母親が説明する。
「先週、飲みすぎで痙攣を起こして、慌てて救急車を呼んで、1週間も入院したんですよ」「先生、久しぶりになってしまって、すみません。飲みすぎでだんだん飯も食えなくなって、酒も飲めないし、寝てばっかだったんですよ。そしたらすげー汗出るわ、気分悪くなって、気づいたら病院でした」
外来治療はさすがにもう限界だ。再び入院治療を俎上にのせるしかない。ただ、それを言い出せば、阿川さんは私を拒絶する可能性がある。悩みながら切り出した。
「阿川さん、うちに入院して一度お酒をゼロにしてみませんか? 今ならがんばれると思うんです。また仕事していたときの元気な姿に戻ってほしいんですよ」
阿川さんは沈黙した。さらに言えば逆効果になるかもしれないと考え、私は黙って阿川さんの答えを待った。母親も何も言わず、ずいぶんと長い時間が経過した。
「……入院か。もうそれしかないっすね。まあ、先生がそう言ってくれるなら」
何度入院を勧めても揺らがなかった断固たる決意が、初めて動いた。本人も限界を感じていたのだろう。
「ただ今日いきなりは無理っすよ。なんにも準備してないし。あと入るのは個室にしてくださいね」
この期に及んでまだ強がろうとする彼は、駄々をこねる子どものようだ。それでもこの蜘蛛の糸をつかむしかない。仕方なく阿川さんの希望を了承する。
「週末を挟んで月曜日に来てもらって入院はどうでしょう。お部屋用意しときますよ」
阿川さんは静かにうなずいた。

