最後の晩酌

アルコール依存症の人にとっての飲酒は「誰にも癒されず、生きにくさを抱えた人の孤独な自己治療」だ。私にはそのことが実感としてわかる。人とのつながりを失い、相談も助けも求められない中、飲酒だけが心の痛みを和らげてくれる。

駒木爽『精神科医おどおど日記』(三五館シンシャ)
駒木爽『精神科医おどおど日記』(三五館シンシャ)

だからこそ回復には、対話を通して人とのつながりにより癒されるという体験(※10)が必須だ。そんな関わりを持てないものかと1年以上つき合ってきた。そして、今ようやくその芽が見え始めた。

入院日の朝、母親から病院に「入院キャンセル」の電話があった。

「信宏、死んじゃいました」

前日の晩、阿川さんは最後の晩酌だとかなりの量の酒を飲んだ。そして、当日の朝、母が起こしに行ったときにはすでに冷たくなっていた。横には空になった焼酎のパックが転がっていたという。仕事、家族、健康……大切なものを奪ってきた酒は、ついに彼の命までも呑み込んだ。

2週間後、阿川さんの母親が病院までわざわざあいさつに来てくれた。

「亡くなる前の晩に言ってたんです。『駒木先生はこんな俺を見捨てずにつき合ってくれた。先生を裏切れないから、がんばる。入院したら、この部屋の酒は全部捨ててくれ』って。ようやく覚悟決めたのに、ちょっと遅かったんでしょうね」

彼の携帯の待ち受け画面にあったのは娘の写真だったという。

※10 癒されるという体験
どの依存症も一番の治療は「人とのつながり」を復活させることだ。依存症患者はみな、自己評価が低く、自信を失い、人を信じられず、孤独を深めている。そんな彼らを救う方法は「安心できる場所」「信頼できる人間関係」を一緒に育み、人から癒される体験をさせることだ。一時の癒しを求めて、アルコールやマッチングアプリに依存した私は、身をもってその大切さを実感している。

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