人智の及ばないものへの畏れ
繰り返すが、これらは大田が「そういう出来事があった」と書き残しているものであり、本稿はその真偽を判定できない。偶然、情報の漏れ、記憶の変形。説明の候補ならいくらでも挙げられる。ただ、30年仕えた側近が、言葉を失うほど驚いた出来事として記録に残した。その事実だけは、確かに残る。
稲盛は、社員へのスプーン曲げ教育を「行き過ぎ」と言って即日やめさせた。その一方で、自分は透視能力者と6時間語り、本山の不思議な電話を受け止めていた。
矛盾しているように見えるが、線は一本、思想と実技の間にはっきり引かれている。
稲盛は「宇宙にはすべてに善かれしという意思が満ちている」といった宇宙観を、講話や著書で繰り返し説いた。神秘めいた思想を語ることに、ためらいはなかった。だが、それを社員に実技として練習させることは許さなかった。
会社を動かすのは、明文化された哲学と採算であって、スプーン曲げではない。そのうえで個人としては、人智の及ばないものへの畏れを手放さなかった。
経営の神様は、スプーン曲げを信じたのではない。人智に限界があることを、信じていたのである。
参考文献
小池洋次「超能力と経営 経営者、技術者がちまなこになる『雑念なき潜在的能力』の開発」『日経ビジネス』1983年9月5日号、173〜176ページ
竹田幸平「特集2 シン・稲盛和夫論 思想の深遠を再発見!」『週刊ダイヤモンド』2023年12月9日号、68〜81ページ
大田嘉仁『それでも天を敬い、人を愛す。』ビジネス社、2025年
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