作家の村上龍さんが17日に亡くなった。74歳だった。武蔵野美術大在学中の1976年、基地の町で暮らす若者を描いた『限りなく透明に近いブルー』でデビュー。単行本発売からたった4カ月で100万部を突破した。一体何がすごかったのか。ライターの栗下直也さんが解説する――。
村上龍
村上龍(写真=Joi Ito/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

芥川賞を受賞した処女作のすごい内容

村上龍は、人生のどのタイミングで出会ったかによって印象がずいぶん違う作家だろう。

テレビ番組『カンブリア宮殿』で経営者の話を聞く姿を思い浮かべる人もいる一方、私のようなアラフィフは、思春期に作品の性描写に興奮した記憶しかない。「何を言っているのか」と思われるかもしれないが、当時は、インターネットで何でも見られる時代ではなかった。おまけに中学生がエロ本を買うにはハードルが高かった。「文学」の看板がある小説の性描写はありがたかったのだ。それも、芥川賞作家の小説である。情けないことにそれで中学生は満足していたのである。

世代の問題でもないだろう。村上の初期作品は同じ時代に読んだ人のあいだでも、評価は分かれていた。デビュー作『限りなく透明に近いブルー』は、「ポルノみたい」と噂されながらも、学校の先生が生徒に勧める小説でもあった。

作中では、複数の男女が入り乱れ、破れた下着の布が宙を舞う。「ねえ蝶々みたいねえ」。そう口にする女性は、男性の性器にバターを塗っている。正直、よくわからない。大丈夫か村上龍としか思えない。

デビュー作の幻のタイトル

実際、同作の第一稿には、「クリトリスにバターを」という題名がついていたが、彼が世に出る群像新人文学賞に応募した時点では、すでに現在の題名に変わっていたという。この改題については諸説あるが、本人は、母親に旧題を見つけられ、咎められたために改題したという。「時代の旗手」も母親には弱いのだ。

でも、これは賢かっただろう。『限りなく透明に近いブルー』なら書店で口に出せるが、『クリトリスにバターを』となると、尋ねるにも少し気合いがいる。いや、恥ずかしくてたまらない。罰ゲームだろ。こんなんならエロ本を買う方がましだ。

ただ、この幻の題名は、やはり影響力があった。直木賞作家の山田詠美が村上の許可を得て、同じ題名の短編を書いている。2010年刊の『タイニーストーリーズ』に収められた一編だ。

山田がきっかけについて語っている。ある朝、ベッドにいた男性にパンとバターを添えた朝食を運ぶと、男性が村上のデビュー作の旧題を口にした。それで読み返してみると、高校生のころにはついていけなかった小説が、「すごくきれいな、清潔な小説」に感じられたという。

山田がオマージュだと伝えると、村上は照れていたようだったという。

なんだか格好いい。