「名作」で終わらせるにはもったいない
『鮎』から『限りなく透明に近いブルー』まで、44年がたっていた。丹羽は1985年、日本経済新聞への寄稿で両作を振り返り、「観念の上では大した進歩はなかったようである」と記している。
かつて親の描き方で世間を戸惑わせた青年が、年月を経て、新人の描く世界を評価する側に座っている。新しいものを受け入れる難しさは、年齢で線を引けるような話ではないのだろう。
中村は、村上への選評にこう書いている。
「無意識の独創は新人の魅力であり、それに脱帽するのが選者の礼儀でしょう」
もちろん、選考の対立を性描写への賛否だけで説明することはできない。それでも、ポルノのようだと噂され、ある人には清潔だと読まれた小説を、後から「名作」のひと言でくくってしまうのはもったいない。
参考文献・資料
相原斎(取材)「日曜の男 村上龍 新作『ラブ&ポップ』で限りなく援助交際に迫る」『日刊スポーツ』1996年11月10日、22面。
「本の話」編集部「『不埒(ふらち)な女』になりきる挑戦――『タイニーストーリーズ』(山田詠美著)」文藝春秋「本の話」、2010年10月20日、4ページ目。
「[戦後ベストテン]『限りなく透明に近いブルー』=1976年 文壇超え話題に」『読売新聞』東京夕刊、1996年1月13日、2面。
【戦後史開封】(357)芥川賞・直木賞(3)」『産経新聞』1995年6月29日朝刊、6面。
榊原昭二「昭和60年間の世相語 人それぞれの自分史・世間史」『朝日新聞』1986年4月5日朝刊、16面。
「[文学のポジション]第一部芥川賞(6)『無意識の独創』こそ魅力(連載)」『読売新聞』東京夕刊、1994年1月26日、11面。
丹羽文雄「母の加護――作家丹羽文雄氏(文化)」『日本経済新聞』1985年8月18日朝刊、24面。
浦田憲治「“一線”越え、ゲーム感覚――タブー失うエロスの表現(戦後の履歴書)」『日本経済新聞』1995年5月21日朝刊、9面。
検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

