記者に「あれはすごいぞ」
一連の出来事は、『日経ビジネス』1983年9月5日号が「超能力と経営」と題して報じている。書いたのは小池洋次記者で、稲盛は合併の後も小池に「あれはすごいぞ」と興奮気味に語ったという。
編集部は山下の能力を自分たちでも検証している。8月9日、東京・丸の内ホテルで杉田亮毅編集長(のちの日本経済新聞社社長)ら5人の記者が立ち会った。山下は別珍の布を幾重にも重ねて目を覆い、手渡されたマジックの色を言い当て、記者が画用紙に描いた長方形を「スーフー、スーフー」と息を整えながら寸分違わず描き写した。
「日経ビジネス」の文字やミッキーマウスのような絵まで再現し、写真が誌面に載っている。少なくとも透視能力は認めざるを得ないというのが同席した記者たちの一致した結論だった。
眉に唾をつけたくなる読者もいるだろう。私もそうである。断っておくと、これは1983年の記事に残された出来事であって、透視が本物だったかどうかは、いまとなっては確かめようがない。本稿が見たいのも、そこではない。稲盛がそれをどう受け止めたかである。
超能力が稲盛哲学の証明になる
その受け止め方が、いかにも稲盛なのである。
山下は、自分に欲望があると超能力は出てこないし、周囲に疑いを持つ人がいると透視がうまくいかないと説明していた。スプーンを曲げるときも「曲がれ、曲がれ」ではなく、「よかったら曲がってくれないか」と話しかけるのだという。
稲盛はこれを、開発チームの人選の話に置き換えて、「イレブン」に集まった経営者たちに語りかけた。
山下君に疑う念があるとうまくいかないと言われたが、研究開発も同じだ。何かやり始めようとすると、青白きインテリはすぐに疑いを持つ。開発の極意は、そういう連中をはずすことだ。感激を持ってやれる連中ばかりを集めて開発を始めるべきだ――。
超能力実験の場で、開発組織論を語ったのだ。
神秘を神秘のまま拝むのではなく、自分の仕事に使える教訓へ、その場で変換してしまう。記事は、山下が超能力を持つこと自体が「稲盛哲学の正しさの証明にもなり得る」と書いている。稲盛にとって超能力は、心が現実を変えるという自分の信念の、目に見える実演だったのだろう。

