マラッカ海峡を塞ぐのはだれか
ここで、ホルムズとの制度上の違いを押さえておきましょう。2026年にイランが承認航路と通航料を持ち出したことで、「では沿岸国は海峡から料金を取れるのか」という問いが浮上しました。
国連海洋法条約のもとで、マラッカ海峡のように国際航行に使われる海峡には、すべての国の船に通過の権利が認められています。沿岸国は航行の安全のための規則は定められますが、通航そのものを妨げてはならず、通航を理由に料金を課すこともできません。
だからこそ、この海峡は誰でも通れる道として機能してきました。灯台や航路測量の費用を沿岸国が負担し、日本などの利用国が資金や技術で協力する枠組みが築かれてきたのも、この制度の裏返しです。
裏を返せば、沿岸国には海峡を閉める権利もありません。マラッカ海峡が塞がるとすれば、それは沿岸国の意思ではなく、事故か、犯罪か、あるいは域外の大国が軍事力で行うかたちになります。制度の上では開かれているのに、物理の上では簡単に詰まる。この落差が、この海峡の危うさの正体です。
迂回路が「新たな急所」に
ランドブリッジが完成予定を迎え、ミャンマーの管とインド洋の港湾網が整う2040年、この海域はどう変わっているでしょうか。
まず、迂回路は確実に増えます。中国は海峡に頼る比率を下げ、タイは自国を通る新しい物流の軸を手にし、シンガポールは中継地としての地位を相対的に譲るかもしれません。エネルギーの流れが石油からガスや電力へ移っていけば、運ぶものの中身も変わります。
ですが、迂回路は「一点集中」を解消するのではなく、移動させます。ランドブリッジが機能すれば、こんどはクラ地峡の2つの港と、それを結ぶ90キロの回廊が新しい急所になります。
しかも陸の回廊は、海峡よりも狭く、政治的な圧力に弱いのです。海の道は複数の船会社が使う公共の空間ですが、陸の回廊は特定の国の主権の下にあり、その国の政権が変われば扱いも変わります。迂回は、危うさを分散させると同時に、依存の相手を国家へと置き換える行為でもあります。
そして、2040年に向けていっそう重みを増すのは、海峡を通る船の中身のほうです。本書の第5章で見るように、この海域の海底には国際通信のケーブルが集中しています。物流の急所と情報の急所は、地図の上でほとんど重なっています。海峡が詰まることの意味は、2040年にはいまより広く、そして深くなっているはずです。
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