小説は誰にでも書ける
小説を書くと言うことを、初めから、恐れおののいては不可ない。小説は誰にでも書ける。ほんとに誰にでも書けるものなら、自分も書いてみよう、と思う人があったら、そう言う人に、私の経験したことをお知らせしよう。
或いは、私が経験して、もっとこうした方が宜かった、と思ったことをお知らせしよう。小説は誰にでも書ける。まず、こう信じて、私の言うことを聞いて下さい。
ものを書こうとするときには、誰でも机の前に坐る。書こうと思うときだけに坐るのではなく、書こうとは思ってもいないときにでも坐る。この机の前に坐ると言うことが、小説を書くことの基本です。
毎日、または一日の中に幾度でも、ちょっとでも暇のあるときに坐る。或るときは坐ったけれど、あとは忙しかったから、2、3日、間をおいてから坐ると言うのではなく、毎日坐るのです。
坐る、と言う姿勢が、あなたを規制します。不思議なことですが、ほんとうです。あなたは坐ったら、何をしますか。どうしても、何か書くしかないでしょう。
この、毎日坐ると言うことが、小説を書くことの基本です。机を前にしたら、どうしても書かなければならない。では、何を書くか。
巧いことを書いてやろうと思わない
何を書くかは、あなたが決定します。しかし、間違っても、巧いことを書いてやろう、とか、人の度胆を抜くようなことを書いてやろう、とか、これまでに、誰も書かなかった、新しいことを書いてやろう、とか、決して思ってはなりません。
日本語で許された最小限度の単純な言葉をもって、いま、机の前に坐っている瞬間に、あなたの眼に見えたこと、あなたの耳に聞こえたこと、あなたの心に浮かんだことを書くのです。
「雨が降っていた」「私は腹を立てていた」「また、隣の娘が泣いている」と言う風に、一字一句正確に、出来るだけ単純に書くのです。
あやふやな書き方をして、それで効果を出そうなぞと、そんなことは、決して考えてはなりません。素直に、単純に、そのままを書くと言うことが、第一段階の練習であり、やがて、大きなものの書ける基本である。

