自分の手足をだますことで、愉しい仕事に

自分ではやりたいと思っていないこと、または好きではない仕事をするときには、さもしたくてたまらないことをするようにいそいそとしてすること。まず、自分の手足をだますこと。そのうちに、ほんとうに愉しい仕事をしているような気持ちになる。

しても無益だと思うこと、詰まらないと思うこと、あるいは難しくてとてもできそうにはないと思うこと、そういう仕事をするときも同じである。

いそいそと、さも愉しそうに、楽々と見えるようにやること。努力するというのは、私流に言うと、こういう方法のことである。

なまけ者には、能力は育たないのです。

果報は寝て待っていても来ない、努力する人間にだけ与えられるのですね。それも、厳しいと感じないで努力する、愉しんで努力するようになりたいものです。そのための、いい方法をお教えしましょうか。

それは、習慣化することなのです。努力することを習慣化するのですよ。

私は小説家ですから、小説を書くという能力を積み重ねるためには毎日書くことです。今日はいいやと思ってはいけない。毎日、机の前に座る、という習慣を課す。

すると、机の前に座らないではいられなくなる。そのうちに、それができることが愉しくなる。私は、毎日座る。こつこつと書く。私の能力は積み重なる。

窓辺のデスク
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小説家になるための宇野千代の格言

そして、その先に、このこつこつと積み重ねた結果があると思うと、何とも言えない希望を感じるではありませんか。

人間はね、頭で考えるのではなく、体で考えるものである、と私はつねづね言ってきたのですが、まさに、習慣とは、体をその方向に持って行くということなのですね。体から入るのです。

体で覚えさせるのです。体で覚えたことは、頭で覚えたことよりずっと身につくことは、これは、あなたもご経験がおありでしょう。

「小説は誰にでも書ける。それは毎日、ちょっとの時間でも、机の前に坐ることである」

これは私が自分で作った格言なのですが、昨日は坐ったが、今日は坐らない、と言うのではなく、毎日、坐っている中に、何か書ける、と言う教えなのです。