感情のバランスシート
ぼくが愛する禅の寓話が、ジョン・マスの著書『Zen Shorts(禅の公案)』にある。
ふたりの旅の僧が町に着くと、若い女性が籠から降りようとしていた。雨で深い水たまりができ、絹の衣を汚さずに渡ることができなかった。女性はその場に立ち、とても不機嫌で苛立った様子で侍女たちを叱りつけていた。侍女たちは彼女の荷物を置く場所がなく、水たまりを渡る手助けができなかったのだ。
若い僧は女性に気づいたがなにもいわず通り過ぎた。年配の僧は素早く彼女を抱き上げて背負い、水たまりを越えて向こう側に降ろした。ところが彼女は年配の僧に感謝しないばかりか、彼を押し退けて去っていった。
その後の道中、若い僧はずっと黙り込んでいた。かなりたってから、沈黙を保つことができずに口を開いた。「さっきの女はひどくわがままで無礼だったのに、あなたは背負って運んだ。それなのに感謝すらしなかった!」
年配の僧は答えた。「私はもうとっくに彼女を降ろした。なぜお前はまだ彼女を背負っているのだ?」
この古い物語の教訓は、いまも変わらず重要だ。
ぼくたちはどれほど頻繁に、過ぎ去ったはずの不満や衝突、失望を長く抱えつづけているだろうか。
過ぎ去ったあとも、どれほど頻繁にぼくたちはそれらを背負いつづけるだろうか? ぼくたちはそれらを握りしめ、心のなかでその場面を繰り返し再生する。まるで「感情のバランスシート」に記録しているかのようだ。もはやなんの役にも立たない負債、投資、損失を追跡している。
人生に価値を生まないものを手放そう
ぼくたちは多くの悪い投資を抱えている――友人との口論、配偶者の行動や怠慢、運転中に割り込んできた相手など。それらは人生になんの価値も生まないのに、それでも手放そうとしない。
君の感情のバランスシートにはなにが載っているのか?
もはや、コストに見合わないものに固執しているのではないか?
もし投資ポートフォリオの資産が、四半期ごとにゼロかマイナスのリターンしか生み出さなければ、君は売却するだろう。
だったらなぜ感情のバランスシートを整理し、悪い投資を手放さないのか?
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