やっと見つけた冬眠穴
さらなる追跡か、安全優先の撤退か。青井は山本と小声で話し合った。その結果、逃げたクマを追いかけるのはあまりに危険だが、どこから来たのか足跡を逆に辿りなおすのは大丈夫だろう、という結論に至った。2人はあたりの気配に神経を尖らせながら、ゆっくりと歩き出した。
アップダウンを繰り返しながら歩くこと20分。40度もあるような傾斜の下に出た。足跡は急斜面を下ってきている。
両手も使って必死に体を支えながら登る。数十メートルをさかのぼり、小さな段差から顔を出した瞬間。目の前に太い枯れ木の株があった。上部は失われていて、根元にポッカリと穴が開いている。内部にはササが敷き詰められ、青々とした葉が入り口から外に溢れていた。
「ひと目見て冬眠穴だと分かりました。そんなに深くなくて一番奥まで見えたんですが、中は空でした。もしあの瞬間、ヒグマがいたら殺されていてもおかしくなかったな、と……」
たまたまヒグマが外出中だったとはいえ、すぐに戻ってこないとも限らない。慌てて必要な計測を行い、記録写真を撮る。急斜面での作業中、山本が思わず足を滑らせた。山本はそのとき、青井に大目玉を喰らったことを今でも覚えている。
「汗臭いヤッケの匂いを思い切り雪につけてしまったんです。クマはとっても嗅覚の鋭い動物ですからね。『せっかく見つけた冬眠穴を、放棄されたらどうするんだ!』って、いつもは温厚な青井さんなんですが、あのときは本気で怒られました」
やっとのことで念願の冬眠穴を見つけた喜びに浸る間もなく、2人は逃げるように斜面を下った。
戻ってきてくれた!
翌日。気温マイナス14℃の中、青井と山本はまだ真っ暗なうちから行動を開始した。冬眠穴は、車が普通に通行している舗装路から300メートルほどのところにあった。たまたま冬眠穴を覗くことができるポイントがあったため、2人はそこに車を停め、息を潜めて車内から見守った。
しばらくして、枯れ木が見えるくらいの明るさになってきた。双眼鏡で覗くが、ヒグマの姿はない。
「やっぱり放棄されてしまったんだろうか……」。
不安に押しつぶされそうになる。ようやく稜線から太陽が顔を出しても、まだクマは現れない。ただ待つことしかできない青井は、絶望感さえ覚え始めた。藁にもすがる気持ちで祈ること数分。突然、穴の奥から黒い影がのそりと現れた。
「いたんだ! 戻ってきてくれたんだ! って。あのときの嬉しさは一生忘れることができません」
青井は山本と顔を見合わせ、深く頷き合った。
続いて2人は、冬眠穴の向かいの稜線をこっそりと登った。穴を見ることができる場所を探し出し、中腹にそっと身を隠す。姿を現したヒグマは、大きなあくびをすると斜面をゆっくりと登り、尾根に向かった。人間の存在には気がついていないようだ。
尾根に出たクマは青井に尻を向け、何かゴソゴソとやっている。一面真っ白な山の中で、緑色の葉が揺れる。稜線上は風当たりが強くて雪が飛ばされるため、たくさんのササが頭を出していたのだ。よく見ると、ヒグマはそのササの葉を食いちぎっては下に落としている。

