やってきた好機
生涯をかけてクマの研究をしたいと思っていた青井に好機が訪れたのは、2年後の11月17日のことだった。降ったばかりの雪の上に、真新しいヒグマの足跡を見つけたのだ。そんなに大きくはないので、親から離れたばかりの若い個体だろうと推測できた。
足跡の主は山を越え、谷を渡り、たまに雪の下のドングリなどを掘り起こすとき以外は、どこかを目指すように直線的に移動していた。
四本足で長く鋭い爪を持つヒグマは、急斜面をものともしない。青井は必死に後を追った。息せき切って険しい上り坂をよじ登り、やっとのことで稜線に辿り着いた途端、ヒグマの足跡は谷底深くへと降りている。
「足跡を追って谷を下った途端に、また急斜面を登る羽目になることが目に見えているので、気分がゲンナリするんですが、もうやるしかないな、と」
今のように、防水・防寒性能に優れた装備があるわけではない。毛糸のセーターの上に化繊のヤッケを羽織り、米軍や自衛隊から払い下げの作業ズボンの上からオーバーパンツを履く。
足元は雪が入ってこないように上部が紐で縛れるようになっている長靴だ。それでも深い雪の中をラッセルしていると、下半身はびしょ濡れになってしまう。足の指の感覚がすぐに失われるが、そのまま何時間でも歩き続けた。
過酷な調査のお供
暗くなると宿舎に戻り、冷えた体を温める。ストーブの周りに濡れた服をかけて乾かす。長靴の中には、まずは丸めた古新聞紙を詰めて水を吸わせる。しばらくしたら新聞紙を取り出し、残った湿気を蒸発させる。しかし、疲れ果ててそのまま寝てしまうこともしばしばだ。
翌朝、まだ乾いていない長靴に足を入れるのは気が進まない。それでも「エイヤッ!」と気合を入れて足を突っ込み、氷点下の山へ出掛けてゆく。
毎日の弁当は、通称「ビニ弁」。弁当箱の代わりに、ビニール袋(ポリ袋)にご飯やおかずを詰めたものだ。
「できあがったら最後に袋の口を縛って、ポイってザックに入れて持っていきます」
ビニ弁の始まりは、あるときクマ研の一員が弁当箱を忘れてきたことがきっかけだった。そのメンバーは、分析用のサンプルとしてヒグマのフンを回収するための厚手のポリ袋に、米とおかずを詰めた。
ポリ袋は軽いし、食べ終わったらクシャクシャに丸めるだけなのでかさばらない。袋に口をつけてそのまま食べれば、箸も必要ない。少しでも荷物を減らしたい山歩きには最適だった。
ビニ弁の利便性と合理性に目覚めたクマ研メンバーは、次々と弁当箱をやめてポリ袋を使うようになっていった。青井は当初、「その袋は調査用品だぞ」と渋い顔をしていたが、自分自身もビニ弁に鞍替えするまで、そう時間はかからなかった。その後ビニ弁はクマ研の伝統食となり、令和の時代となった現在の北大生にも受け継がれている。

