携行食はゴマ油が決め手

「朝飯用に炊いたご飯の残り、続いて余ったカマボコやハンペンなどのおかずを入れます。その上からカツオ節を散らし、ゴマ油を一周かけ、最後に醤油で味を調えるんです。アレも入れてみよう、コレも入れてみるか、とみんなで試しているうちに、自然発生的にできあがったレシピなんですが、これがメチャクチャ美味しいんですよね。

特に腹が減っているときは、涙が出るくらいに旨い。毎日変わり映えのしない弁当なのに、不思議と飽きない。秘訣はゴマ油ですね。これがあるのとないのでは、味わいに雲泥の差が出るんです」

レシピとしては完成されている究極の携行食だが、唯一の難点は、ポリ袋には保温性がないことだった。毛皮や予備衣料で包んでも、昼になるころにはザックの中でジャリジャリに凍っていることが多い。寒風吹き荒ぶ中、凍える手でビニ弁を揉んだり、お湯をかけたりして、なんとか溶かしながら食べていたという。

ヒグマの冬眠場所発見が悲願だった

そんな思いをしてまで足跡を追いかけていたのには理由があった。どうしても、冬眠穴を探り当てたかったのだ。青井はそれまで、ヒグマの冬眠穴を見たことがなかった。それを自分で見つけたとしたら大手柄だし、冬眠前後の詳細な行動観察はまだ行われたことがない。

そして、最大の理由がテレメトリー調査だった。動物に無線発信機を装着して行動範囲や経路を調べる手法は、現在では野生動物の研究に欠かせない。当時も、既にキツネやネズミなどで成果を上げていた。しかしヒグマは、何といっても生け捕りにする難易度と危険性が並外れて高い。

また移動も広範囲にわたるので、追跡も困難を極める。当時はまだ、日本国内でヒグマのテレメトリー調査が行われたことはなかった。

このヒグマの冬眠場所を突き止めれば、起き出すタイミングで発信機を装着できるかもしれない。

ヒグマのテレメトリー調査はクマ研の悲願であり、その年の秋には、既にメンバーが発信機の試作を始めていた。もっとも初号機の電波は10メートルしか飛ばず、小型哺乳類の研究者に「ネズミ用の発信機よりも性能が悪い」と笑われたという。

演習林内各地に立てられたアンテナ
演習林内各地に立てられたアンテナ[撮影=山本牧 出所=『羆追人たち』(山と溪谷社)]