信玄は陣中で祈祷、謙信は兜の前立てに

その証拠なるものも伝わっています。ひとつは武田信玄所用とされる飯縄権現の画軸。信玄が居住した躑躅ヶ崎館つつじがさきやかたの敷地内にあった飯綱いいずな堂にこの像を掲げ、自ら祈願したとされるもの。信玄はまた、戦の陣中に飯縄権現の小像を携帯し、具体的祈祷の手順が記された『飯縄法次第』なるテキストを携えていたともいわれています。

つまり、信玄はただ信仰するだけでなく、戦場にて飯縄権現像を祀り、修験者さながらの呪術祈祷にいそしんでいたと考えられているのです。

その点では、上杉謙信も負けず劣らずでした。謙信といえば、自らを毘沙門天の化身とし、その頭文字の「毘」を軍旗に掲げたように、毘沙門天信仰で知られています。その一方で、実は飯縄権現への信仰も篤く、何と兜の前立てに飯縄権現の像を掲げていたことが知られています。