年間300万人の登山客が訪れる高尾山中の一角に、修験道の道場がある。ノンフィクションライターの本田不二雄さんは「ここで祀っている本尊は長野県発祥の神様で、武田信玄は戦場で小像を携えて呪術祈祷に勤しんでいた。一方、信玄の宿敵だった上杉謙信も、兜の前立てに像を掲げていた」という――。
髙尾山薬王院有喜寺の御本堂。開山本尊の薬師如来と中興本尊の飯縄大権現がともに祀られている。
撮影=本田不二雄
髙尾山薬王院有喜寺の御本堂。開山本尊の薬師如来と中興本尊の飯縄大権現がともに祀られている。

修験の聖地に宿る戦国武将たちの守護神

新宿から山の入り口まで電車で約50分。抜群のアクセスの良さに加え、2007年には『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』にて最高評価の三ツ星に認定。富士山や京都の寺社などとならび“わざわざ訪れる価値のある場所”と紹介されたこともあり、今や高尾山は世界でもっとも登山者の数が多い(年間約300万人)山ともいわれています。

一方、この山は山岳信仰が息づく聖地として長い歴史を刻んできました。

正式名称は、髙尾山薬王院有喜寺。成田山新勝寺、川崎大師平間寺とならぶ、真言宗智山派の関東三大本山のひとつで、修験道のお山としても知られています。今でこそ日帰り登山・ハイキングの名所ですが、高尾山は元来、修験すなわち「厳しい修行を通じて霊的な験力しるしを得る」ための山岳道場なのです。

長野県発祥の「飯縄大権現」

さて、今回注目したいのはそのご本尊。名前は飯縄いいづな大権現といいます。

聞きなじみではない方もいるでしょう。長野県の北部にそびえる飯縄山に発祥する神様です。ちなみに「権現」とは、中世から近世の時代にかけて日本人に深く根付いた神仏習合のセオリーから生まれた神様ですが、そのセオリーはいったん置いておくとして、注目すべきは、飯縄大権現(飯縄権現、飯綱明神とも)が、戦国武将らがあつい信仰を寄せた守護神だったことです。中でも、武田信玄と上杉謙信という戦国屈指の名将にして宿敵だった両雄が、ともにあがめ、頼みとしたのがこの飯縄権現でした。