この特殊な技術力の基盤を作ったのは、三木社長の父と、その右腕だった副社長(当時)の尾崎正和氏だった。尾崎氏は1980年代後半、三恵メリヤスに転職してきて、アウター商品を手掛け始めた人物である。

タイミングよく「アメカジブーム」が起こり、三恵メリヤスの技術が一気に日の目を見ることとなった。ビンテージの上物を製造できる会社がほとんどなかったからだ。

「時代遅れのミシン」が突破口に

実は、この技術は現在も生きている。古くからの会社が廃業していく中でますます大きな価値を生んでいるのだ。

そこに着目して、三木社長が取り組んだのが、大阪を中心とした繊維業者6社とタッグを組み、2017年に立ち上げたブランド「EIJI」である。海外からの注文も殺到し、今や三恵メリヤスの売り上げ全体の4割強が海外である。

EIJIのTシャツ
写真提供=三恵メリヤス
EIJIのTシャツ

三恵メリヤスの工場に置かれているのは、今ではほとんど見かけなくなった旧式のミシンだ。一本針オーバーの裾縫いや、ユニオンスペシャルミシンによる4本針フラットシーマなど、扱えるのは経験を積んだ職人だけ。使い慣れた機材と手仕事が、他社には真似のできない風合いを生み出している。もちろん、EIJIの製造においてもこの旧式のミシンが活用されているのだ。

古いモデルのミシンのようだが、三恵メリヤスではいまだ現役だ
筆者撮影
古いモデルのミシンのようだが、三恵メリヤスではいまだ現役だ

ただし、裏を返せば、この類を見ない技術力が課題にもなっている。職人不足だ。実際にこの数年間で、EIJIに関わる会社のいくつかは、高齢化などを理由に職人が引退し、廃業している。

「EIJIの背中のタグには製造に関わる企業名を入れていますが、4年前のものと今とでは全然違うでしょう。田中メリヤスさんは倒産され、もう日本にしか存在しない台丸編み機(スタンドウィラー)で糸を編んでくれていた津村さんは廃業されました。また、今年に入って白鳩メリヤスさんから引退しますと言われました」

たとえ1社欠けても商品は作れない。それでも三木社長は、技術を絶やさぬよう、次の一手を打ってきた。それは、機材を買い取るなどして、事業を承継することだった。

廃業工場の機材と技術を継ぐ

「津村さんの息子さんは継がず、工場をスクラップにするという話が出ました。そこで仲間に『何とか引き継いでくれないか』とお願いしました。そのうちの一社はお子さんが20代で、まだ事業を続けるつもりだからと承諾し、津村さんの技術を移管してくれました」

しかし、いつまでも綱渡り状態を続けるわけにはいかない。

「10年、20年のスパンで考えると、いずれ一緒の会社になってやらなきゃいけないことになるかもしれません」