国会における野党の戦い方
国会で与野党が対決する法案が審議されている時、野党の戦い方は大きく分けて二つある。
一つは、シンプルに政府・与党案に反対すること。党の姿勢はアピールできるが、法案は政府案の原案通りに成立する。「たしかな野党」路線と言える。
もう一つは、修正案や付帯決議などの形で原案に何らかの影響を与え、法案自体には賛成すること。よく言えば「提案型野党」路線、悪く言えば「ゆ党」路線と言え、その評価は論者の政治スタンスによってばらける。
どちらの路線を取るべきかは、その時々の与野党の力関係、個々の法案に対する評価、国会の全体状況などによって変わる。「片方の路線が常に正しい」という立場を、筆者は取らない。
例えば、今国会で成立した国家情報会議設置法だ。中道は①個人情報やプライバシーが無用に侵害されないよう十分な配慮を行う②政治的中立性を損なう情報収集をしない――などの付帯決議をつけることを条件に、法案に賛成した。
改正皇室典範と同様に、この時の中道の対応には強い賛否両論が出た。筆者も残念に思った一人だ。同時に、与野党の圧倒的な議席差を前に、人権侵害につながりかねない法案の成立を阻止できない時、中道が「政府案を原案のまま成立させるより、付帯決議で運用に歯止めをかける方がまし」と考えたことを、全否定するのも難しいとも思う。
中道が国民の声を代弁すべきだった
こうした例も考慮した上で、中道が皇室典範の改正でも同じ態度で臨むのが正しいか、と問われれば「それは違うだろう」と指摘せざるを得ない。理由を三つ挙げたい。
まず、冒頭に述べたように、改正案は「国民の総意」からも「立法府の総意」からも大きくかけ離れている。衆院での与野党の議席の差がいくら大きくても、改正案をめぐる国民世論が二分しているのは間違いない。改正が潰そうとしている女性天皇については、むしろ容認論の方が多数派だ。
野党第1党の中道には、高市政権の進む方向とは異なる国民の意思を吸い上げ、国会での質疑に反映させる義務がある。高市政権の方向性に納得していない国民の声、つまり女性天皇を容認する声や、性急な改正を望まない声を、誰かが代弁しないといけない。そういう勢力が全く存在感を示せないなら、そんな国会はもはや「全国民の代表」ではない。

