※本稿は、中島美鈴『しんどい「中年の危機」から抜け出す本』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
中高年は「もっと評価されたい」
(※本稿に登場する人物のエピソードは、私のもとを訪れたクライエント(相談者)の方々とのやりとりの経験、講演会やSNSを通じて寄せられた声などから創作したものです。突飛なフィクションではなく、中年の危機の本質が詰まったエピソードなので、あなた自身の状況と重なる部分がきっとあるはずです。)
人はいくつになっても自分の存在意義を認められると、うれしくなるものです。
たとえば会議の後、上司に「今日のプレゼン、よかったよ」と声をかけられたら、心が満たされます。小学生のころ、親や先生にほめられたときと同じ感覚ですね。「他者から認められたい」「自分を価値ある存在として認めたい」という承認欲求が満たされる喜びは、ミドルエイジになっても変わりません。
それどころか、クライエントの方々の「もっと評価されたい」「認められたい」「ほめられたい」という気持ちは、若いころより強くなっているようにも感じます。それは、若手時代は当たり前のようにあった評価や承認が、だんだんと得られにくくなってくるからです。ベテランなのだから、大人なのだから、親になったのだからできて当たり前。そんな環境に身を置くうち、承認欲求が満たされる機会は減っていきます。
裏方で頑張っているのに、誰も見てくれない
また、仕事上の立場が変わり、ほめる側、評価する側にならなければならないことも影響してきます。
たとえば、会社員として20代、30代、40代を営業などの現場でプレイヤーとして活躍してきた人は、成果が数字ではっきり表れることに慣れています。売上目標を達成した、新規顧客を獲得した、プロジェクトを予算内で完遂した――。その成果を上司が認め、同僚から称賛され、会社も評価して給与やボーナスが増える。それが仕事のモチベーションになり、「成果を上げている自分」を誇りに思えたわけです。
ところが、マネージャーになると状況は一変します。
数字を出すのはプレイヤーである部下や後輩たちで、自分は裏方。成果でわかりやすく評価されるのは部下で、マネージャーである自分はほどほどの反応しかもらえない。というより、ほめる側でいなければならない。
すると、「自分もこんなに頑張っているのに、誰も見てくれていない」と感じてしまうのです。
中年の危機に悩むAさん(52歳・男性、会社員)も、そんな葛藤を抱えていました。ビジネスマンとして取り残された感覚があり、夜ごと「あのときああしておけば違う会社人生があったのではないか……」という後悔が頭を巡る。思い切って転職すべきか、現状を受け入れるべきかとモヤモヤが晴れず、心身にこたえていたそうです。
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