なぜ年齢を重ねると、周囲を遠ざける言動が増えるのか。臨床心理士の中島美鈴さんは「中年期になると役割が変わり、人から評価される機会が減ることで、承認欲求が満たされにくくなる。その裏には、昭和生まれの男性ほど口にしづらい、ある本音が隠れている」という。中島さんの著書『しんどい「中年の危機」から抜け出す本』(青春出版社)から、「中年の危機」に陥った人たちの事例を紹介する――。(第2回)

※本稿は、中島美鈴『しんどい「中年の危機」から抜け出す本』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

ビジネスマン
写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen
※写真はイメージです

中高年は「もっと評価されたい」

(※本稿に登場する人物のエピソードは、私のもとを訪れたクライエント(相談者)の方々とのやりとりの経験、講演会やSNSを通じて寄せられた声などから創作したものです。突飛なフィクションではなく、中年の危機の本質が詰まったエピソードなので、あなた自身の状況と重なる部分がきっとあるはずです。)

人はいくつになっても自分の存在意義を認められると、うれしくなるものです。

たとえば会議の後、上司に「今日のプレゼン、よかったよ」と声をかけられたら、心が満たされます。小学生のころ、親や先生にほめられたときと同じ感覚ですね。「他者から認められたい」「自分を価値ある存在として認めたい」という承認欲求が満たされる喜びは、ミドルエイジになっても変わりません。

それどころか、クライエントの方々の「もっと評価されたい」「認められたい」「ほめられたい」という気持ちは、若いころより強くなっているようにも感じます。それは、若手時代は当たり前のようにあった評価や承認が、だんだんと得られにくくなってくるからです。ベテランなのだから、大人なのだから、親になったのだからできて当たり前。そんな環境に身を置くうち、承認欲求が満たされる機会は減っていきます。

裏方で頑張っているのに、誰も見てくれない

また、仕事上の立場が変わり、ほめる側、評価する側にならなければならないことも影響してきます。

たとえば、会社員として20代、30代、40代を営業などの現場でプレイヤーとして活躍してきた人は、成果が数字ではっきり表れることに慣れています。売上目標を達成した、新規顧客を獲得した、プロジェクトを予算内で完遂した――。その成果を上司が認め、同僚から称賛され、会社も評価して給与やボーナスが増える。それが仕事のモチベーションになり、「成果を上げている自分」を誇りに思えたわけです。

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ところが、マネージャーになると状況は一変します。

数字を出すのはプレイヤーである部下や後輩たちで、自分は裏方。成果でわかりやすく評価されるのは部下で、マネージャーである自分はほどほどの反応しかもらえない。というより、ほめる側でいなければならない。

すると、「自分もこんなに頑張っているのに、誰も見てくれていない」と感じてしまうのです。

中年の危機に悩むAさん(52歳・男性、会社員)も、そんな葛藤を抱えていました。ビジネスマンとして取り残された感覚があり、夜ごと「あのときああしておけば違う会社人生があったのではないか……」という後悔が頭を巡る。思い切って転職すべきか、現状を受け入れるべきかとモヤモヤが晴れず、心身にこたえていたそうです。

弱音は恥、「さびしい」と言い出せない

初めてのカウンセリング。Aさんが最近感じているモヤモヤについて話しているとき、思わずこぼした言葉が「さびしい」でした。

「昇進が止まって、現場を離れ、残業は減り、家にいる時間は増えたんです。でも、妻は『あなたは家にいても何もしない』と冷たいし、息子は当然のように週末も家にいない。部下は優秀で成果を出しているし、誰も自分を必要としてくれない。そんな感覚があって、さびしいんです」

そういった後、Aさんは「あっ」と驚いたような表情を浮かべていました。じつは、「さびしい」は男性が口にしたがらない言葉です。

昭和生まれのミドルエイジの男性は、弱音を吐くことを恥だと思い、さびしさを認めたがらない傾向があります。でも、さびしさ自体は感じている。だから、その感情を別の形で表現してしまうのです。

妻に当たる。部下に厳しくなる。あるいは、過去の栄光を語り続ける。その根底にあるのは、「認められたい」「必要とされたい」「愛されたい」というシンプルな欲求なのです。

男性の後ろ姿
写真=iStock.com/FG Trade Latin
「さびしい」と言い出せない。昭和生まれのミドルエイジの男性は、弱音を吐くことを恥だと思い、さびしさを認めたがらない傾向がある。(※写真はイメージです)

職場で煙たがられる行動4例

承認欲求自体は、けっして悪いものではありません。むしろ、「認められたい」という気持ちがあるからこそ、人は頑張ることができます。意欲がなくなってしまうよりは承認欲求がある方がいい。欲があるうちが花、ともいえます。

でも、その欲求が満たされないと周囲の人へ感情をぶつけることになってしまい、結果として周囲から煙たがられる存在になってしまうのです。

あなたの職場にも、こんな人がいませんか?

・若手が評価されると、「いや、あれはオレがサポートしたからだよ」と自分の手柄にしようとする
・会議で自分の過去の成功体験を語り始める
・部下の報告に対して、「でも、オレが思うに」と否定から入ってしまう
・ちょっとしたことでも「ありがとう」「すごいですね」といってもらえないと、機嫌が悪くなる

こうした行動は承認欲求が満たされないさびしさの表れですが、繰り返すほど、周囲はその人から距離を置くようになります。若手は「またあの話か……」とうんざりし、上司は「扱いにくいな」と感じ、同僚は「面倒くさい」と避けるようになる。

結果、その人自身を受け止めてくれる人が減り、承認欲求が満たされず、さらに承認を求める行動がエスカレート……という悪循環に陥ってしまうのです。

「期待に応えてきた人」ほど迷いやすい

別の角度から、ミドルエイジになって承認欲求が強くなる人がいます。それは、それまで自己決定の少ない生き方をしてきた人です。

これまで親や周囲の人の期待に応え、世間体を気にして生きてきた人ほど、評価されないと不安で仕方がなくなり、「これでよかったのか」と迷ってしまう。こちらは男性より、女性に表れやすい傾向があります。

特に私が生まれ育った九州をはじめ、昭和、平成を経て令和の今も男尊女卑的な価値観が根強く残っている地域では、進学、就職、結婚などの節目に女性だからこそのプレッシャーを受けやすい。有形無形の力により、本人の自己決定が妨げられてしまうのです。

・本当は理系に進みたかったけど、親が反対したから……
・都会に出て働こうと考えていたけど、学校の紹介で地元の会社に……
・自分はまだ結婚したいと思ってなかったけど、まわりが適齢期だというから……

自分で決められなかったという心のわだかまりは、時間を経たからといって簡単にほどけるものではありません。子育てや仕事に忙しくしている間は胸の内に隠れていても、ぽっかり時間が空くと顔を出してきます。

自己決定が少なかった人ほど承認欲求が強くなりがちなのは、自分の意志より誰かに評価されることを優先してきたから。他人から認められる状態に依存してしまうのです。

まずは「認められたい自分」を認める

Dさん(49歳・女性、公務員)もそうでした。仕事は生活のために続けている。「私の価値って何だろう?」と自問自答しているけど、こんな悩みを打ち明けられる友だちもいない……。実母との関係が深く、若いころから進学、就職の選択に口を挟まれ、自分で人生を切り開いてきたという実感がありません。上京してからは必死に働いてきましたが、「自分で決めたかった」という思いは残ったまま。

しかし、頼れる相手だった実母の介護が始まり関係が変化。胸の奥でフタをしていた「歩んでいたかもしれない別の人生」へのモヤモヤが顔を出し、悩んでいるのです。

中島美鈴『しんどい「中年の危機」から抜け出す本』(青春出版社)
中島美鈴『しんどい「中年の危機」から抜け出す本』(青春出版社)

「評価されたい」「認められたい」という思いの奥には、「自分の存在を肯定してほしい」「自分を大切に思ってほしい」「自分を必要としてほしい」という気持ちがあります。

繰り返しになりますが、承認欲求自体は悪いものではありません。問題は、その欲求に振り回されてしまうことです。

認められたいという気持ちがあることを、まずは認めましょう。さびしいと感じていること、人生に後悔があってモヤモヤしていることを、自分自身に対して認めましょう。そして、その感情を無理に消そうとせず、「ああ、今、自分は承認を求めているんだな」と、少し距離を置いて観察してみる。そうすることで、承認欲求に振り回されるのではなく、うまくつき合っていくことができるようになります。