「マスク主義は21世紀のOSである」。冒頭から刺激的な、しかし確かにそうだろうと頷かざるをえない一文に、グッと引き込まれてしまった。

『マスキズム 新たな独占の時代』クィン・スロボディアン、ベン・ターノフ 著
『マスキズム 新たな独占の時代』
クィン・スロボディアン、ベン・ターノフ 著
飛鳥新社/2000円+税

「マスクとは何者か?」「どのような背景からあのような人間が出現したのか?」と、我々はイーロン・マスクを一個人として捉え、それぞれに批判や崇拝など好悪の感情を抱く。しかし本書の著者であるスロボディアン(ボストン大学教授)とターノフ(テックライター)の二人は、「マスクとは何者か?」ではなく「マスクとは何の徴候なのだろうか?」を問うほうが有効ではないかと考える。

そう、マスク主義(マスキズム)とはマスク個人のスタンスではなく、もはや現在の世界を覆うムードそのものではないのか。我々はマスクという強烈な影響者(インフルエンサー)とマスキズムとを、独立した個の事象としてよりも、21世紀における顕著な進歩と何らかの後退を如実に代表する象徴として捉えるべきではないのだろうか。

自動車の大量生産を実現したフォードに由来するフォーディズムは、大量生産と大量消費が結びついた20世紀の資本主義の代名詞だった。一方でマスキズムという21世紀の世界観は、社会的な利益の分配や万人の生活水準の向上に関心はない。人々は、電気自動車や人工衛星で構築されたマスクのインフラに接続することで技術的な恩恵を受け、身体や精神の自由度を高めることができると感じているが、逆説的に、自由になろうとするほどマスクのシステムへの依存度を深めることになる。

人類社会はバグだらけのプログラミングコードであると捉え、自動化と効率化を促進し、人間性の希薄なサイボーグ的未来を嬉々として急速に引き寄せるその王国の中で、実はマスク本人は市況や地政学的危機によって増幅された即興的な発言パターンを泥臭く繰り返している。支配力と資産、そして個人的エゴの最大化を図った結果、宇宙開発企業であるスペースXのIPO(新規上場)を通じてとうとう世界初の兆万長者となった男。彼から発せられる脱グローバル志向、極右化、民主主義の否定と反人道主義は、なぜ時代に受け、信奉者を増やしていくのか?

そんなマスキズムの歴史は、特殊な政治思想を持ったマスクの祖父がアパルトヘイト下の南アフリカへ家族と共に移住した有名なエピソードを端緒に紐解かれていく。人種隔離社会の白人として生まれ育ったマスクが徴兵制から逃げ込んだ1990年代のシリコンバレーで、彼は何を得、どのような自己(エゴ)を形成していったのか。それは米国社会における資本主義の変容と表裏一体でもあった。

資本主義批判の旗手である経済思想家、斎藤幸平による批判的解説も一読の価値あり(この本に対する素晴らしい人選!)。

河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト●1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。立教大学社会学部兼任講師。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』(ともに小社刊)ほか。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年10月2日号)の一部を再編集したものです。

(イラストレーション=保光敏将)

検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

【関連記事】
作者も結末を知らないからこそ読みたくなる物語とは?…村上春樹『夏帆』、冨樫義博『HUNTER ×HUNTER 39』
河崎環評 石戸諭著『「嫌われ者」の正体 日本のトリックスター』
読者4366人調査◎8割超が「5年前より覚えにくい」…「脳の衰え」実感ランキング&セルフチェック
77歳デビュー。年の功が生きるプレイリストを作成 大好きな映画と読書で「英語脳」を磨く…91歳DJの「頭の使い方」
アルバイトをしながら73歳で勉強を開始…なぜ忘れかけた解答を試験中に思い出せたのか?78歳行政書士の「頭の使い方」