「集団の一員でありたい」という本能が人類の存続を脅かす

自由と平等を志したはずの米国は、繁栄の副産物として、史上類を見ないほど破廉恥な格差を生んだ。20世紀のアメリカンドリームは、宇宙開発で兆万長者誕生という圧倒的な格差を目にして、首を傾げてはいないだろうか。

21世紀のいま、アメリカでは“個性的”な大統領が非科学的で行儀の悪い妄言を息をするが如くに発し、世界中に分断と殺戮さつりくの種をまき散らしている。そしてあろうことか、特権的な教育を受けてきたはずの超エリートたちまでが、本気で大統領に信頼を寄せる。これは、一体どういうことなのだろう――。

進化人類学者である著者、デイヴィッド・サムソンが本書で示そうとするのは“トライバリズム”という集団本能の病理。30万年前の人類から現代のトランプ現象まで、我々の中に拭いがたく存在する「集団の一員でありたい」という本能が、いま人類の存続を脅かしているという。

集団に帰属したいと願うのは、裸のサルたる人類の生存戦略として合理的な判断である。ところが、我々の知覚とは残念ながら現実を客観的、もしくは科学的に理解するために進化したのではなく、生き残るために進化したため、知覚は真実ではなく集団への適応度を優先してしまうらしい。

したがって、どんなに自分は「賢い」と自負しようとも、集団に帰属し続け、心理的安全性を維持するために、我々は自分の安全を守ってくれる集団の理論になびいて、認知はあっけなくも容易に歪む。

『分断と排除の人類史暴走するトライバリズム』デイヴィッド・サムソン 著、赤根洋子 訳新潮社/3800円+税
『分断と排除の人類史暴走するトライバリズム』デイヴィッド・サムソン 著、赤根洋子 訳新潮社/3800円+税

米国右派や特定のキリスト教会派による気候変動や進化論への(トンデモな)見解が、非科学的であっても、絶大な支持と賞賛を得る理由は、そこにある。科学的な正確さにこだわるよりも、自分が所属するトライブ(集団)の中で共有されたファンタジーを信じるほうが、関係性の中でより自分の生存確率を高める合理的な選択なのだから。

さらに著者は、いま世界のあちこちで起きている「敵か味方か」というまさに「部族的」な分断は、倫理的危機ではなく、エネルギー危機なのだ、という興味深い指摘をする。そのエネルギーとはもちろん高騰する化石燃料などを意味しているのではなく、共感という感情エネルギー。SNSなどであまりにも詳つまびらかに表出される世界中の人々の膨大な思念や感情に、もう我々はいちいち共感して感情エネルギーを割く余裕がない。であれば省エネのために、自分と違うものはその時点で切り捨てるということだ。

生存のために人類の認知はあちこち歪み、そしていま人類を危険に晒している。著者はこの本の最後に、人類から取り除くことのできない本能たるトライバリズムの解決法を説く。果たしてそれは、有効な解決法となるか?

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年7月31日号)の一部を再編集したものです。

(イラストレーション=保光敏将)

検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

【関連記事】
「偶然に出会う」かけがえのなさを感じさせてくれる2冊…『急に具合が悪くなる』『イワナとヤマメ 渓魚の生態と釣り』
何でも差別のせいにする議論に対し、黒人の論客が果敢に挑む…トマス・ソウェル著、村井章子訳『差別と格差の経済学』
産業革命以降の人間の営みは地球の地盤まで変えたのか…加三千宣『私たちは人新世に生きているのか 地層が語る真実』
「家族に嫌われていた」と気づいた主婦の選択
「我慢」でなく「距離を置く」と捉え直す…近所の「困った人」から自由になる方法