雑誌・新聞の「書評」コーナーに一つ不満がある。
「ちょっと前の本」を紹介してくれない。読者にとって本とは「偶然出会った」ときが「新刊」だ。今回、編集者にわがままを言い、最近出会った「ちょっと前に出た本」2冊を紹介する。
1冊目は2019年9月発行の『急に具合が悪くなる』。哲学者・宮野真生子と人類学者・磯野真穂の数カ月間20通の往復書簡だ。本書を原作とした濱口竜介監督の映画は今年のカンヌ国際映画祭で激賞され、主演のヴィルジニー・エフィラと岡本多緒がW最優秀女優賞に輝いた。映画をご覧になった方は、ますます読んでほしい。本書こそは「偶然に出会う」かけがえのなさを気づかせてくれる。本書に出会ったのも偶然だ。私の隣の研究室に「磯野さん」が着任したからである。同僚の本を読むのは私の趣味。で、ハマった。
磯野が出会ったとき、宮野は乳がんを患っていた。ゆえに、急に具合が悪くなる「かもしれない」。
「かもしれない」とは、死の確率のことだ。磯野は気づく。100%誰にでも訪れるけれど、いつ訪れるかわからない。それが「死」だ。普段私たちは意識していない。
でも、確率という数字として示された瞬間、死は具体的な姿を見せ、未来に突如立ちはだかる。だから人は確率に縛られ、なるべくリスクの少ないルートを選ぼうとする。
当事者である宮野は返す。
「(未来の)分岐ルートのいずれかを選ぶとは、一本の道を選ぶことではなく、新しい無数の可能性の全体に入っていくこと」だと。
二人の往復書簡を何度も反芻してほしい。人生と死と偶然が主題になっている本書は、暗闇の中に輝く明るい光を纏っている。
もう一冊は今西錦司の『イワナとヤマメ』。原本は1996年刊。40年代から60年代に執筆された名作エッセイが、今年復刊された。
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