自分のセンサー=目、耳、鼻、舌、皮膚を、感覚器を鍛えよう。なぜ? AI時代を生き抜くためだ。AIは大脳の機能の拡張であり、膨大な情報処理がその仕事である。ならば、そっちはAIに任せ、人は己の感覚器をフル活用し、自らのセンサーを徹底的に鍛え、クリエイティブになるしかない。
そこで感覚の鍛え方を、言葉の作家、絵の作家に教わる。『言語化するための小説思考』は直木賞作家・小川哲のベストセラーだ。本書で学べるのは、「ことば」と「ものがたり」、そして「小説」を生み出すために作家がどのように己の知覚を鍛錬しているか、である。面白い小説とは何か。著者は自問自答する。正答がない。将棋やポーカーのようなゲームと異なり、必勝条件がまだ誰もわかっていない。正しい答えを瞬時に出すのが得意なAIにとって、答えのない問いには勝ちようがない。
著者はここでやめない。じゃあ、AIに先回りをして、面白い小説とは何か、というゲームに対する答えを探そう。そしてユニークな手法を採用する。それは自らの修士論文執筆の際に会得した「審査を通過するために必要な」論文の必要条件を揃えることだ。
論文と小説に共通するのは一度も会ったことのない人(=審査教員と読者)に評価されないと合格できない(=売れない)ということである。いい論文は「まだ誰も知らない情報を提供する」「まだ誰もやったことのない切り口=視点を提供する」。これはなんと面白い小説にも当てはまる条件だと著者は解く。どうすれば情報を、視点を得られるか。「視力」。見つけ出す力がアイデアの根源にある、と。
そこで次なる本『六四五七五(むしごしちご)』。堀本裕樹が選んだ古今五十の「虫の俳句」の虫を世界唯一のイモムシ画家・桃山鈴子が描く。
読んで、観て、驚く。英語ならば「バッタ・コオロギ」で括られる虫の仲間を、高浜虚子から山頭火、一茶まで日本の俳人たちは、生物学的分類のレベルで見極め、その音色を聴き分ける。スズムシ、マツムシ、クサヒバリ、カネタタキ、クツワムシ、ショウリョウバッタ。季語が必須の俳句は、ぼんやりと自然を詠んだのではない。優れた視力と聴力の産物だったのだ。小川哲が小説の書き方で示唆したのと同様に。
桃山の写実的でありながら和の薫りのする昆虫画は、すべての俳句を画像化してくれる。おかげで私たちは「視力」を得て俳人たちの「聴力」に想いを馳せられる。
小説を書かなくてもいいし、俳句を詠まなくてもいい。でもこの2冊が教えてくれる「作家的な視力」は、AI時代にこそ必要だ。いや、何より毎日を楽しい発見に満ちたものにしてくれる。まずは今日から視力を鍛えよう。道端の虫を探すところから。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年5月15日号)の一部を再編集したものです。
東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授
1964年、静岡県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日経マグロウヒル社(現・日経BP)に入社。「日経ビジネス」記者、単行本の編集などを経て、2018年より現職。著書に『国道16号線――「日本」を創った道』『カワセミ都市トーキョー』、近著に『アンパンマンと日本人』(新潮新書)がある。
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