偶然の出会いから深い関係が生まれる
皆さんには「友達」がいるでしょうか。仕事ひと筋で働いてきた人ほど、会社や職場の外で人とつながりを持つ機会が少なく、気づくと友達と呼べる人が誰もいないという孤独な中高年は多いようです。
しかし、悩みや葛藤を抱えたときは、誰かに話を聞いてもらうだけで心がラクになるものです。大人になってからの友達づくりはハードルが高く感じられますが、たまたま出会った人と意外な共通点が見つかったり、自分と感性が似ていると思うことならあるでしょう。偶然の出会いを大事にすれば、いつしか自分のことを語り合う関係になれるかもしれません。
村上春樹さんの短編小説「ドライブ・マイ・カー」は、妻を亡くした中年男性と複雑な家庭環境で育った若い女性が出会い、共に時間を過ごすうちに心を通い合わせていく物語です。本作は濱口竜介監督によって映画化され、米国アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞したことでも話題となりました。
舞台俳優の家福は接触事故を起こして免停になり、自分の代わりに車を運転するドライバーとして、知人からみさきという20代女性を推薦されます。“ぶっきらぼうで無口でかわいげがないが、運転はうまい”と知人が評した通り、運転技術は確かで、車内で台詞を練習することが多い家福には、彼女の口数が少ないことも好都合でした。
また彼自身も車の運転が好きなこと、黄色のサーブ900というこだわりの愛車をみさきが気に入ったことなど、二人には車を通じた共通点もありました。
こうして彼女は家福の専属運転手として雇われ、二人は毎日同じ車内で時間を過ごすようになります。みさきが無口なので、家福も何か話をしなくてはというプレッシャーを感じることもなく、沈黙が続いても気まずくない。これだけでも二人の相性はいいと言えるでしょう。むしろ余計な話をしない間柄だからこそ、ふとしたきっかけで、深い悩みをぽろっと打ち明けてしまったりするものです。
みさきが運転手になって2カ月ほど経った頃、家福にもその瞬間がやってきました。珍しく口を開いたみさきから、なぜ俳優になったのかと質問された家福は、その流れで亡くなった妻のことを語り始めます。しかも妻が生前に浮気をしていたことや、妻の死後に浮気相手に近づき、友達になるふりをしてどんな男かを探ろうとしたことまで告白してしまうのです。
「つまり、その人は家福さんの奥さんとセックスをしていたということですか?」
あまりに直球すぎる質問ですが、彼女に変な遠慮がないからこそ、家福もつい本音を話してしまうのでしょう。
「僕は理解したかったんだよ。どうしてうちの奥さんがその男と寝ることになったのか」
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