モチベーションではなく規律で体をつくり上げる

室温30度。暖房と加湿器をつけたジムには熱気が充満しています。サウナスーツの下に重ねた3枚のシャツは滝のように流れ出る汗を吸って、トレーニングを終える頃にはいつも4kgほどの重さになっています。息が上がり意識が朦朧としかけたところでブザーが鳴り、ラウンドが終わりました。体にまとわり付いていた衣類から解放されると、急に体が軽くなり、生きた心地がします。

インターバルの間にグローブを締め、リングに上がると、ミットを手にしたトレーナーが声を張ります。あらかじめ頭に入れておいたコンビネーションを、一発ずつ確かめるように繰り出します。踏み込んで拳に体重を乗せるたび、目の前のミットが乾いた音を響かせます。拳を出し続けるうちに、頭の中に残っていた仕事のことが一つ、また一つと消えていき、ラウンドの3分が過ぎる頃には完全に無心になっています。

ボクシングを始めて4年が経ちます。コロナ禍でそれまで通っていたフィットネスジムが閉鎖になりました。運動習慣が途絶えたとたんに太ってしまい、調子を崩したのがきっかけです。知り合いに恵比寿にあるこのジムを紹介してもらい、体験入会に参加したところ、短時間で限界まで追い込むトレーニングに効果の高さと効率のよさを感じて、通い始めました。

週2回、朝8時から1時間、欠かさずここで練習をしています。どんなに疲れていても、前日に酒を飲んでも必ずです。それはもはや、この習慣が「選択」ではなく「規律」になっているからだと思います。モチベーションは関係ありません。汗の味でも健康状態はわかります。疲れが溜まっているときの汗はドロっとしているし、食べすぎているときはしょっぱい。調子がいいときはサラサラしていて味がありません。体の些細な変化に敏感になれたことで、食事や睡眠に意識が向くようになりました。

練習を重ね、キレのある動きと力のあるパンチが打てるようになって「試合に出てみようか」と考えたこともあります。けれど、試合に出ることで満たされるのは承認欲求や好奇心で、引き換えに失明や骨折、顔の腫れや傷といったリスクを負わないといけません。立場上、リスクとリターンが釣り合わないと判断して「試合はやらない」と決め、代わりにトレーニングの負荷を高めていったのです。

フットワークやリズム、ガード、コンビネーション。最初に頭に入れた順番を動きの中で再現する練習は、一回見たら覚えられるほうです。もっとも、ボクシングは一つの要素だけでは成り立ちません。記憶力や反応速度、疲れてもガードを上げ続ける胆力まで揃って、初めて形になります。動画で確認すると、意識していたはずの動きがまるでできていないことも多く、修正すべき点が次々と見つかります。終わりが見えない奥深さにはまっています。

ボクシングに取り組んで「人が最大の集中力を保てる時間は3分にも満たない」ということを、身をもって知りました。ですから、自分が社内外で何かを伝えるときも、ただこちらの言いたいことを並べるのではなく、相手が聞きたいことを短い言葉で突き刺すことを心がけています。ライト級の世界王者、ジャーボンテイ・デービスが一撃で相手をKOするスタイルを、コミュニケーションでも実践するのが理想です。

3つのセクターの力を一つのサイクルに

私は、創業社長(藤田晋現会長)の後を継いだ2代目です。藤田はカリスマ性があり「こう進む」と決めれば、強い求心力で組織を動かすことができました。けれど私がそれをなぞることはできません。これからはチームで経営する仕組みを整え、次世代へ受け渡せる形に変えていきます。その土台つくるのが私の役目です。

就任から4カ月が経ちました。現在は子会社を含む各事業の実情を把握しているところです。広告/ゲーム/メディアという3つのセクターはそれぞれが独立しても成立する力がありますが、シナジーは十分に引き出せていません。コンテンツをABEMAで広げ、ゲームに展開し、広告で収益を伸ばすといったサイクルが機能すれば、さらなる成長が実現できるでしょう。当社には「素直さ」を採用基準に集めた、優秀な人材が揃っています。これを強みに、セクターを飛び越え、柔軟に成長のエンジンを回していきます。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年5月15日号)の一部を再編集したものです。

(構成=渡辺一朗 撮影=宇佐美雅浩)

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